抄録
関東平野中央部の荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地は大宮台地を挟んで隣接し,下流の東京低地で合流する(図1).グローバルな海面変動の影響を等しく受けていたと考えられる両低地は,海面変動に対する河川の土砂供給などのローカルな影響が沖積層の形成や海進の規模にそれぞれどのように寄与したのかを検討する上で適したフィールドである.本発表では,既往研究の成果を参考にしつつ両低地の沖積層の層序・形成過程を対比し,議論する. 荒川・妻沼低地:沖積層基底礫層(BG)を覆って細粒な河成層,海成層,細粒な河成層と累重する(Matsuda, 1974; 安藤・方違,1997;Ishihara et al., 2011).海成層は荒川低地中流域(河口から約60km上流)まで分布する(安藤・方違,1997;Ishihara et al., 2011).荒川低地の最大海進は8ka頃である(小松原ほか,2011;Ishihara et al., 2011).河口から60km地点より上流側では,BGを覆って河成層のみ累重する.河成層の下部は砂礫層主体であるが,8.6ka頃から泥層が卓越し,6.7ka頃には妻沼低地南西部の熊谷扇状地(河口から約80km上流)の現扇端部まで泥層が分布した(Ishihara et al., 2011; Ogami et al.,2011). 中川・渡良瀬低地:沖積層の大局的な層序は荒川・妻沼低地と同様であるが,海成層は河口から約70km上流まで分布する(安藤・方違,1997).最大海進は6.5~7ka頃である(田辺ほか,2010).河口から約80km上流では,BGを覆って砂・泥からなる氾濫原堆積物や泥炭が堆積している(澤口,2008). 荒川低地・妻沼低地では河口から60kmより上流側に海成層が分布せず,海進の直接的な影響を受けていない.しかし,同地域の河成堆積物は6.7~8.6ka頃に細粒化し,海進に伴い氾濫原・扇状地が内陸へ後退したことを示す.これは,海成層の分布しない内陸域でも,河川の堆積システムが海面上昇の影響を受けていたことを示唆する(Ishihara et al., 2011).中川・渡良瀬低地でも,河口から70kmより内陸側でBGを覆うのは細粒な氾濫原堆積物であり,この堆積相の変化には海進の影響が及んでいた可能性が指摘されている(澤口,2008). 一方,荒川・妻沼低地の沖積層は中川・渡良瀬低地に比べ全体的に砂質であるのに対し,中川・渡良瀬低地では軟弱泥層や有機質土・腐植土層がよく発達する.また,荒川・妻沼低地では8ka頃に海退に転じ,中川・渡良瀬低地(6.5~7ka)よりも約1ka早い.完新世中期まで荒川・妻沼低地を流れていた利根川が多量の土砂を供給したため,粗粒物質が卓越し湾が急速に埋積されたとされる (安藤・方違,1997; 小松原ほか,2011).しかし,妻沼低地で扇状地が前進し始めるのは6.7ka以降であり,下流側の海退開始時期よりも遅い(Ishihara et al.,2011).荒川低地中流域には,関東山地からの支流が複数合流し (図1),利根川・荒川本流に加えこれら支流からの土砂供給が早期の海退の原因と考えられる(Ishihara et al.,2011).一方,大きな支流の存在しない中川・渡良瀬低地は,内湾の埋積が遅れたと解釈できる. 荒川・妻沼低地と中川・渡良瀬低地における沖積層の形成過程は大局的には類似し,海成層の分布しない内陸域でも河成堆積物の層相変化に海進の影響が及んでいる可能性がある.一方,堆積物の粒度の傾向や海進の範囲・時期が異なることについては,河川による土砂供給が影響していると考えられる.特に,両低地では大きな支流の有無が寄与している可能性が示唆される.