抄録
過去の氷河の平衡線高度(Equilibrium Line Altitude:ELA)は,古気候・古環境を知る上で重要な指標となる.ELAの復元について,既存研究の多くは,氷河地形から復元される平面的な氷河の輪郭を涵養域比(Accumulation Area Ratio: AAR)法に当てはめて検討してきた.しかし,この手法では,AAR値の設定次第でELAが様々に変化するという問題があった.そこで本研究では,AAR法とは異なる新たな氷河復元手法(Glacier Snapshot model: GS model)の開発を試みた.さらに,このGS modelの妥当性ならびに,このモデルを用いてELAを復元する際に重要視すべき要素:氷河の流動特性(側岸の影響や流動形態)・氷河表面形状の再現度合い,についても検討した.
GS modelは次の手順からなる.まず,氷河地形の分布から氷河の幅や氷厚など,氷河形態に関わる基礎データを算出する.そして,これらのデータを氷河流動モデルに組み込み,氷河の流量(フラックス)を検討する.なお,GS modelの前提として,氷河の形態が全く変化しない状態(氷河のスナップショット)を仮定している.
GS modelを現成氷河に適用した結果から,このモデルを用いてELAを復元することの妥当性が証明された.さらには流動特性の選択による影響は,ELAの復元に直接関与しないことが示された.また過去の氷河に適用した結果から,氷河表面形状や基盤地形の再現度合いが,ELAの復元において重要なパラメータとなること示された.
本研究の展望として,次の2点があげられる.(1)過去の氷河の正確な3次元的復元:GS modelの計算結果に従って,氷河表面を調整していくことで,過去の氷河を3次元的に正確に復元できる.(2)過去の氷河の流動特性の推定:古気候データに基づき,氷河発達時の質量収支を推測できれば,GS modelから算出できる質量収支分布との比較から,当時の氷河の流動特性を特定できる.