日本地理学会発表要旨集
2012年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P1317
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発表要旨
東北タイにおける大卒労働者の労働力移動と就業歴
*丹羽 孝仁
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抄録
タイは東南アジアの中でも高等教育の普及に大きく力を注いできた国の1つである.国家予算の2割以上を占める教育政策によって,2000年から2010年までに高学歴就業者数は339万人から621万人に増加し,2010年では全就業者数の16%を占めるに至っている.
労働力の高学歴化は,中間層の拡大に関する議論や教育政策に関する議論を通じて指摘されてきた.しかし,高学歴労働力の労働市場参入に着目した既存研究は少なく,水上(2005)やOnishi(2004)などが散見される程度である.特に,高学歴労働力の空間的移動パターンを明らかにした研究はなく,労働力移動と労働市場の分析視座が求められる.
そこで本研究では,タイの経済発展に伴う高学歴化が国内労働力移動と地方圏の労働市場に与える影響を明らかにすることを目的とする.
研究課題は次の2点を掲げる.①大学進学時と卒業時の地域間移動の空間パターンを分析すること,②東北タイのコーンケン県とウドーンターニー県で就業する大卒労働者の就業歴を分析することである.
分析に用いたデータは,教育省高等教育委員会が有する大学卒業生の出身地,就学地,就業地に関するデータおよび上記2県で実施した現地調査によって得た大卒労働者393人の就業歴に関するデータである.
地域間移動の分析結果から,大卒労働力の地域間移動に3点の特徴を見いだした.第1に,バンコク都への大卒労働力の集中は,大学進学時に地方圏からバンコク都に流入した進学者がバンコク都に就業することを通じてもたらされる.第2に,地方圏においては大卒者の進学先および就業先がともに自県を志向する傾向が強く,地方圏において自県進学の要因の1つとしてタイの入試制度が考えられる.第3に,一部の理工系の卒業生が拡大バンコク首都圏に流入するが,それは同地域の工業部門の豊富な労働力需要に対応する.
地方圏の大卒労働者の就業歴を分析した結果,次の3点が明らかになった.第1に,大卒労働者を彼らの過去の移動パターンから,就学・就業とも自県とする者,就学・就業のいずれかを他県で経験して現在自県に帰還している者,他県からの流入者の3タイプによって,職種,給与水準に明瞭な差異が存在し,大卒労働者間にも階層構造が確認できる.第2に,大卒労働者の移動パターンに関係なく,転職によって職種と給与水準の変化が起きる傾向にある.これは大卒労働者が転職を通じたキャリア形成を志向する一因として捉えられる.第3に,労働者の就業意識と移動パターンの関連から,県外での就学,就業経験を有する労働者ほど,若年時における転職を通じたキャリア形成を志向する傾向が強く,就業意識の違いも労働市場内の階層分化をもたらす一因になっている.
以上の結果より,労働市場参入以前の就学が大学の社会的評価と結びついて,地域ごとの大卒労働者のキャリア形成に寄与していると捉えられる.その結果,地方圏の大卒労働者の就業内容においても階層的構造が作られていると結論づけられる.
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© 2012 公益社団法人 日本地理学会
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