抄録
本研究では、山岳の占める割合が多い中央日本地域において、1kmメッシュの解析雨量のデータを用いて寒冷前線通過に伴う降水分布を統計的に調べ、その要因となる周囲の環境場の特徴を客観解析データから解明することを目的とした。先行研究では、寒冷前線通過時に中央日本では地形の影響を受けて降水の領域、強度などの分布が複雑になることが明らかにされている。しかしそれらの研究は事例解析を中心としたものが多く、気象官署やアメダスの地点データを解析に使用した研究がほとんどであった。従って雨量計の設置が困難な山岳地域や海上における寒冷前線性降水についての面的な理解は十分ではなく、より詳細な解析が望まれていた。
解析ではまず始めに、地上天気図を用いて2006年から2010年の5年間に寒冷前線が中央日本を通過した事例を抽出する。次に全事例についてひと雨の積算降水量の分布図を作成し、その特徴をもとに寒冷前線性降水をタイプ別に分類した。すなわち、主な降水域がほぼ日本海側のみに見られるタイプ(タイプA)、主な降水域が日本海側と太平洋上に見られるタイプ(タイプB)、中央日本で広く降水域が見られるタイプ(タイプC)、各地に熱界雷を引き起こすような夏季の特殊タイプ(タイプD)の4つである。さらにタイプCは、対象領域ほぼ全域で降水のあるタイプC-1と、関東地方で無降水の領域が目立つタイプC-2の2つに分けることができた。タイプAやタイプBでは本州内陸部の降水はわずかだが、タイプCやタイプDでは関東以西の中央高地において総降水量や降水強度、降水頻度が大きくなる傾向が見られた。そしてタイプAやタイプBからは、解析雨量の格子における1時間最大雨量は海上や沿岸部で大きくなるのに対し、1mm/h以上の降水の出現頻度や降水継続時間は、海岸から少し内陸に入った地域で大きくなることが分かった。各タイプごとに寒冷前線通過前後の周囲の850hPa面の環境場をコンポジット解析した結果、タイプAでは通過前後とも対象領域では北西風が卓越し、前線に伴う循環は日本海側の一部にしか見られないが、タイプBでは前線が日本の南海上に出た後に風のシアラインが形成されている。また、タイプCでは全般に相当温位の値が高く、陸地に暖湿な気流が流れ込んでいた。特にタイプC-1では前線付近の相当温位の集中帯と風のシアが明瞭で、前線活動が活発であった。