抄録
地球温暖化等に伴う気候変化とその地域的な差異を明らかにするためには,世界各地において出来るだけ長期の観測データを用いて,過去の気象要素の長期変化傾向を明らかにすることが必要である.しかし東南アジアでは,利用できるデータ期間の制約により20世紀後半のみを対象とした研究が多い.そこで,本研究では東南アジア地域の中でも,20世紀前半の気象観測データが使用可能であるフィリピンに着目し,農作物収量変動や自然災害の発生に大きな影響を及ぼす季節降水特性の長期変化傾向を明らかにすることを目的とする.
解析には,現在の観測地点の位置とほぼ同じ場所に位置する19地点を選択し,更に年欠測数が1割以下である1910~1940年8月までの日降水量データを使用した.また20世紀後半に関しては,フィリピン気象庁(PAGASA)によって観測された,年欠測数が1割以下である19地点の1952~2010年の日降水量データを使用した.まず,季節降水量及び日数(0.5mm以上降水のあった日)を算出した.次に季節降水特性の長期変化傾向を調査するために,1910~2010年までの降水日を対象に,四分位数と中央値,95パーセンタイル点を求めた。これを階級値として階級別降水日数と階級別降水量を算出した.これらの長期変化傾向を明らかにするためにMann-Kendall検定(両側検定,P<0.05)を行った.
19地点平均の夏季(6-9月)降水量では,1930年代後半以降に連続して負偏差がみられ,1990年以降はその特徴が顕著にみられた.降水日数は1970年代後半以降に負偏差に転じており,特に微雨日数(第1四分位以下)と強雨日数(95パーセンタイル以上)がフィリピン全体で有意な減少傾向にあることが分かった.夏季降水量に関しては有意な傾向を示す地点数は多くなかったが,どの階級の降水量も約10年程度の変動を繰り返しながら減少傾向を示しているようにみえる. 一方,19地点平均の冬季(10-1月)降水量と日数は共に20世紀前半は正偏差を示している.20世紀後半には年々変動が大きくなり,1970年代以降は100年スケールでみて,特に大きな正偏差が連続して示されている.特に,フィリピン北部で冬季強雨日数の有意な減少傾向がみられる一方,強雨の降水量は同地域で有意な増加傾向にあることが分かった.