抄録
1 はじめに
途上国における定期市は、野菜や家畜や衣料品などの流通のなかで生産者と消費者とをつなぐ結節点として経済的に重要な役割を果たしてきた(石原1987ほか)。同時に、定期市は様々な社会集団が相互に交流する場として社会文化的な側面を持つ。これまで報告者は、乾燥帯アフリカにおける牛市・ラクダ市に焦点を当ててフルベやソマリの牧畜民と定期市とのかかわりについて報告したが、ここではモンスーンアジアのバングラデシュの家畜市のなかで豚市に焦点を当てて、地域における豚の流通の実際を把握する。同時に、アフリカとアジアの家畜市における地域間比較の際の枠組みについて考察する。現地調査は、2011年12月にバングラデシュ北部のマイメンシン・ディストリクトを中心に約2週間にわたって行われた。対象地域は、ベンガル系のイスラム教徒が多数を占めているが、豚市に密接にかかわるのはベンガル系の非イスラム教徒およびマイノリティのマンディ(ガロ)の人々である。なお、豚市の分布および豚の売買の概観に関してはすでに報告した(池谷2011)。
2 結果と考察
今回の調査では、年中行なわれている2つの豚市(Gaptoli,Shombugon)に加えて、12月から3月までの季節限定の2つの豚市(Bakgahitola, Haluaghat)を訪問した。その結果、「都市近郊型」と「都市郊外型」の2つのタイプに豚市は分類できる。前者は、大部分の購買者がベンガル系ヒンドゥー教徒であり、100km以上離れた地域からの購入者(仲買人)もみられた。これに対して後者では、購買者の大部分は近隣で暮らすマンディの人々である。
後者の事例を詳しくみてみると、マンディはキリスト教徒であり、クリスマス前後の時期の食用のため、およびそれ以降年始までの時期に親族の結婚式ほかなどが集中して、そこで豚を消費するために9-11ヵ月の大型の豚を購入していた。同時に、前回と同様な傾向として3-5ヵ月の小豚を肥育用に購入していた。この場合、飼育してきた豚を対象時期に地域需要に応じて販売するために新たな肥育豚を備えるということもみられた。
2つの季節限定型の市では,大部分の購買者がマンディであり仲買人が豚の群れをそのまま市場に移動してきていた。このため、市の開設時には牧夫が常に群れを監視していた。しかし、どうして市が3月まで継続する必要があるのかは明らかではない。
その一方、市に参与して豚を販売する仲買人の暮らす村を訪問することで、そこには多数の仲買人(ベンガル系ヒンドゥー教徒)が集まっていること、ダッカ市場、チッタゴン市場、本研究が対象とする豚市、近隣地域市場などのように個々の仲買人によって市場が異なっていた。彼らは、自らの群れを所有している人も多いが、別の群れの所有者から家畜を購入する。但し、肉量の大きい成獣を求めるダッカ市場と肥育用の幼獣を求める家畜市への供給では、仲買人の販売戦略が異なっている。
以上、国内の豚流通のなかで家畜市を媒介とする流通の位置づけ、および家畜市をめぐるベンガル系非イスラム教徒と近隣民族とのかかわり方が明らかになった。また、アジアとアフリカでは、家畜の流通における家畜市の役割やその比重が異なっていると考えられる。
文献
池谷和信2011「バングラデシュにおける家畜市と豚」日本地理学会予稿集
石原 潤1987『定期市の研究:機能と構造』名古屋大学出版会