日本地理学会発表要旨集
2021年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 233
会議情報

発表要旨
台湾台北市旧大正町にみる日本の夜の街の言語景観
*熊谷 美咲山下 書子姚 矞馨池田 真利子
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ はじめに

言語景観の国内研究は地理学と社会言語学を中心に行われきた.海外における日本語話者向け言語表記に関しては,韓国の日本人居住区での言語景観の特性を明らかにした磯野(2012)や海外観光地における多言語表記の中の日本語を扱った高ほか(2015)が挙げられる.しかし,既往研究では,夜の街において日本人を対象とした言語景観は注目されてこなかった.本研究は,台湾台北市旧大正町(現,台北市中山区)を対象に,夜の街における言語景観の特徴を明らかにすることを目的とする.日本統治時代,台湾総督府が置かれた台北には,行政機関が集積し,その周辺には日本人官僚を対象とした居住地が形成された.本発表の対象地域である旧大正町は,日本人移住者の増加に伴い「大正街」という地理名称で日本人専用の高級住宅街として整備された地域である(陳2011).当該地域周辺には第二次世界大戦後からベトナム戦争期にかけて,アメリカ大使館や米軍駐屯地が置かれたことから,旧大正町は商業地や米軍向けの保養地,そして消費空間へと変化した(鄭2002).米軍撤退後の1970年前後には,日本人観光客や日本人ビジネスマンが増加し,当該地域は,彼らを対象とした歓楽街へと変容した.現在も,大正町一体には,日本式ナイトライフアメニティであると理解される居酒屋や日本料理店等の飲食店が集まる.

Ⅱ 調査方法

 まず,日本統治時代から戦後にかけての大正町の歴史的変遷について文献調査を行い,その後,現在の言語景観の調査を実施した.旧大正町の林森北路(159,145,138,119,85,67)および中山北路1段(135,121,105,83,53,33),計14通り518件の看板言語・表記を対象とし,2021年5〜7月にGoogle Street Viewを用いてオンライン調査を実施した.なお,画像識別の可能な看板に対象を限定し,看板以外の表記や判読不能な店舗名等の情報は対象から除外した.また,ウェブサイトやSNS等のオンライン情報に基づき,店舗種類や営業時間等を調査した.なお,本研究の予備調査とそれに基づく結果は山下ほか(2021)の通りであるが,本調査はその後,旧大正町における夜の街としての特徴に注目し,それに関し追加調査を行った点に新規性がある.

Ⅲ 旧大正町にみる夜の街の言語景観

 深夜営業(午前0時から午前6時までの営業)が確認された店は,調査対象とした全518件中159件(約31%)あり,業種別でみるとバー・スナック・ラウンジ85件,レストラン20件,居酒屋14件,キャバクラ11件,マッサージ店7件,パブ5件,クラブ・カラオケが各3件であった.これらの店の看板で使用される言語種は英語91件(約35%),中国語53件(約20%),日本語47件(約18%),フランス語9件(約3%),スペイン語7件(約3%),韓国語6件(約2%),その他イタリア語,ラテン語,ハワイ語等が確認された.また,表記はアルファベット121件(約40%),漢字83件(約27%),カタカナ43件(約14%),数字34件(約11%),ひらがな17件(約6%),ハングル6件(2%)の順に並ぶ.全516件の店の看板における言語種・表記は,中国語262件(約31%)と漢字表記383件(約39%)が最多であるのに対し,深夜営業を行う店の看板の言語種・表記は,英語やアルファベット表記が優勢であるといえる.また,欧米言語のカタカナ表記も散見され(例えばVenusヴィーナスやTopaz トパーズ),日本語話者が対象と推測されるこれらの看板は,当該地域の夜の街の言語景観を特徴的なものとしている.以上から,夜の街では日本語話者に向けられていながら英語等の外国語が使用されていると推測される.

 発表当日は,看板に記載される言葉の意味や使われ方に関する質的分析の結果を報告するとともに,看板の色や文字の大きさ,配置などの視覚的な側面に着目し調査を進める.

文献

磯野英治 2012.言語景観から読み解く多民族社会:韓国ソウル特別市における外国人居住地域からの分析.日本語研究32: 191-205.

高 民定,温琳,藤田依久子 2015.韓国済州島における言語景観—観光と言語の観点から.千葉大学人文社会科学研究30: 1-23.

鄭 良一 2002.台北シーンの変遷https://www.hilife.or.jp/pdf/20026.pdf(最終閲覧:2021年7月23日)

山下書子,瞿 芳馨,熊谷美咲 2021.台北市「大正町」エリアの言語景観に見る日本統治時代の歴史.地理空間学会.

陳 正哲 2011.鐵道設站與住宅區開發—台灣建設史之規劃思想研究.環境與藝術學刊10: 91-106.

著者関連情報
© 2021 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top