日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 509
会議情報

発表要旨
地方都市における施策立案への住民参加
*神谷 浩夫
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録


1.目的

まちづくりへの市民参加を促進するために行政はさまざまな制度を導入している.本発表では,筆者が直接観察した2つの事例に基づき,地方都市における住民参加による施策立案の現況を考察する.

2.鯖江市における「市民主役条例」

(1)市民主役条例までの経緯

福井県鯖江市で市民活動が盛んとなったきっかけは,1995年に開催された世界体操選手権でのボランティアの活躍であった.2003年に鯖江市は,辻前市長の下で「鯖江市市民活動によるまちづくり推進条例」を制定した.その後,合併をめぐる混乱から辻前市長はリコールによって失職した.リコールでの隠れた争点として,協働のまちづくりの進め方があった.公民館をまちづくりの拠点として自治公民館に衣替えしようとする辻前市長の意向は,たんなる支出削減策として市民に受け止められからである.

牧野現市長は2009年に「市民が主役のまちづくり」の理念を条例化する意向を表明した.条例策定委員会は急ピッチで作業を進め,翌年3月の定例議会で「市民主役条例」が成立した.

(2)市民主役条例の内容とその後の運用

「市民主役条例」は,自治基本条例のように行政と市民との役割分担や義務を規定・制限しているわけでなく,市民と行政との対等な関係を謳う理念条例である.

条例の策定に際して策定委員会が設置され,そのメンバーは,施行後に「地域自治部会」「市民参画部会」「さばえブランド部会」へと引き継がれていった.市民主役条例を具体化するために,「提案型市民主役事業」も始まった.

(3)市民主役条例と提案型市民主役事業化制度の意義

井上(2011)によれば,鯖江市の市民主役条例と提案型市民主役事業化制度の意義は以下の3点にある.①全分野の事務について住民自治を目指している点,②従来型の行政主導の協働ではなく,民間提案型の業務委託,市民参加型の公共事業を指向している点,③住民自治を基本とし自治体運営の基本原則を明確化している点.

しかし多くの課題も残されている.第1に,市民主役条例の認知度が市民の間でかなり低い点.第2に,行政が担うべき役割と市民団体が担うべき役割の線引きをどのように決めるのかという点.第3に,市民主役条例推進委員会の中に設置された「地域自治部会」「市民参画部会」「さばえブランド部会」という異なる指向性をもつ団体をどのように束ねていくのかという点,である.

3.羽咋市における第5次総合計画策定への住民参加

熊谷・広田(2003)によれば,市町村総合計画の策定過程における住民参加は,①「事務局参加型」,②「審議会充実型」,③「住民意見聴取型」の3つに類型化できる.

(1)総合計画策定の過程

石川県羽咋市の第5次総合計画の策定は,事務局は企画財政課が担当し,専門部会が各部門の計画素案を策定した.計画素案の調整は策定委員会で行われ,その際,審議会での議論や市民意識調査,地区懇談会の意見も参考にされた.

(2)総合計画策定への市民参加

熊谷・広田(2005)による類型化に従えば,羽咋市の総合計画立案過程における住民参加は「審議会充実型」と分類できる.羽咋市の場合,総合計画の策定に際して市民の意見を汲み取るための手法として,①市民意識調査,②地区懇談会,③審議会への参加,④パブリック・コメント,などが活用された.

4.考察

まず.本発表で取り上げた事例を日本全体の中で位置づけてみる.鯖江市の市民主役条例に類する自治基本条例の制定は大都市圏自治体で進んでいる.全国の自治体総合計画の策定の多くは「審議会充実型」や「住民意見聴取型」によるものと考えられ,羽咋市の状況はご平均的とみなせる.

地方都市における市民活動を考える場合,地縁的組織が根強いことに留意すべきであろう.地方都市では,大都市に比べて町内会組織は健在であり公民館活動も活発である.新しい市民活動の担い手としてNPOが台頭しつつあるが,資金や人材が不足して本来のミッションを実現できていないところが多い.

以上のことから,地方都市において施策立案への住民参加を推進するには,町内会や公民館など従来型の地域自治組織の力と,NPOなどネットワーク型のボランタリー組織が持つ力をうまく組み合わせることが重要と思われる.
著者関連情報
© 2013 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top