抄録
東北地方太平洋沖地震で生じた巨大津波は,北海道から関東にかけての太平洋岸を襲い,甚大な被害を引き起こした.この津波の波形や高さ,遡上範囲,さらには津波による家屋や社会基盤などの被災状況は,数値計算や画像判読,現地調査などにより明らかにされてきた.
陸上に遡上した津波が実際にどのような方向に流動し,どのような被害を生じさせたかについては,現地調査で確かめる必要がある.しかし,現地調査では,調査期間の制約などにより,調査地域が狭い範囲に限定されたり,逆に広い範囲を対象とした場合には調査地点が疎になったりする.一方,近年では解像度の高い空中写真や衛星画像の判読により,広域にわたって詳細な情報を取得できるようになってきた.本報告では,沿岸にみられる人工物のなかで,ある程度の密度をもって広域に分布し,家屋などに比べて均質性の高い電柱に着目して,その倒壊状況を空中写真や衛星画像から判読し,津波の挙動について検討した.
調査は,南北方向に伸びる,標高の低い海岸平野からなる仙台平野でおこなった.対象範囲は仙台塩釜港から阿武隈川河口付近で,行政区では仙台市(宮城野区,若林区,太白区),名取市,岩沼市が含まれる.この地域を選定した理由として,津波前および津波直後に撮影された高解像度画像の利用が可能なこと,いろいろな機関・組織により津波の高さや浸水高,浸水範囲が他地域に比べて詳細に調査されていることが挙げられる.
津波前の電柱の位置については,被災前に撮影されたGoogle Earthの画像やgoo地図の航空写真(GEOSPACE)で確認できた電柱の影にもとづいて判断した.また,津波後の電柱の倒壊状況については,津波直後に国土地理院によって撮影された空中写真をもとにして,(1)倒れていて,その方向が確認できるもの,(2)倒れているが,瓦礫や土砂に覆われていたり,方向を判断したりするのが困難なもの,(3)津波により流出した可能性が高いもの,(4)倒れずに残ったもの,に区分した.また,押し波の方向を推定するため,電柱の倒壊方向についても16方位に区分した.津波の高さや浸水深については,東北地方太平洋沖地震津波合同調査グループにより求められた値を利用した.また,浸水高と国土地理院の基盤地図情報による標高から浸水深を求めた.
電柱の倒壊は海岸線から2 km程度までの範囲で目立った.また,浸水深と電柱の倒壊との関係については,場所による差はあるものの,浸水深が2~3 m以上ある場所で電柱の倒壊が多くみられた.これは仙台平野において浸水深が2mを超えると建物流失率が増加するという調査結果(東北大学災害制御研究センターほか,2011)とも調和的である.詳細にみると,調査対象地域北部(仙台港の南~仙台空港)のほうが南部(仙台空港~阿武隈川左岸)に比べて,電柱の倒壊がより内陸まで及んでいる.とくに,名取市閖上や小塚原では海岸から2.5km以上離れたところでも電柱の倒壊がみられ,このような場所では大字別にみた死亡率が非常に高くなっている(谷,2012).一方,南部の岩沼市下之郷,押分,早股,寺島では,海岸から1~1.5 km程度までで電柱の倒壊がほぼみられなくなり,死亡率も低くなっている.海岸に到達した津波の高さ,つまりハザードそのものの大きさが調査対象地域内で異なっていた可能性もあるが,海岸線に沿って分布する集落の位置や規模が津波によって生じる瓦礫の量を規定し,結果として電柱の倒壊状況の違い,つまり被害の大きさにも影響したのかもしれない.
多くの電柱は海岸線に直交する方向で,陸側に向かって倒れていた.前述のように,倒壊は津波の力だけでなく,瓦礫の衝突にともなって生じた可能性もあるが,倒壊した方向が押し波の向きと考えてよいだろう.また,海側に向かって倒れている電柱は確認できなかったため,ほぼすべての電柱の倒壊は引き波ではなく,押し波の際に引き起こされた可能性が高い.