抄録
本報告では,新潟県の中でも大規模稲作経営体の進展が著しい上越市三和区(以下,三和区)を対象に,大規模稲作経営体の事業展開を明らかにするとともに,これらの経営体の地域的意義を考察する.
三和区は新潟県上越市の中央部に位置する.同区の面積39.36㎢のうち,区内東部に標高100mの丘陵地がみられるものの,それ以外の大半は標高20mから30mの平坦地に位置している.2010年における総農家数は392戸(専業農家44戸,第1種兼業農家50戸,第2種兼業農家201戸,自給的農家が97戸),総経営耕地面積1,135haのうち,田の占める割合は98%(1,112ha)である.同区では,1980年代以降に農業従事者の減少や高齢化により,農地流動化がみられるようになった.その後,1994年から丘陵地と一部の地域を除いた区内全域を対象に,圃場1筆当たり50aから1haの大圃場化が行われた.この事業が完了する過程で農地の流動化が加速し,個別農家の経営規模の拡大が進んできた.同時に,圃場が大型化された後の農業経営を担う主体として集落営農組織の設立もみられる.
三和区北部の頸城区と隣接する沖柳地区のA農家は,2010年現在,同区内で最大の48haを誇る経営体である.経営耕地面積は,自作地が17ha,借地が31haとなっている.主な労働力は,世帯主の男性(32歳)を中心に,男性3名(30代,40代,60代)の雇用である.A農家の経営耕地は,自宅のある沖柳地区内に5haのみであり,残りの43haは三和区内の4地区と隣接する頸城区の1地区に分布する.A農家は,現経営主の先代から借地による経営規模の拡大を進めており,地域農業の担い手として認知されてきた.そのため,借地が多く分布する地区において圃場整備事業が実施された際に,A農家の意向を反映した圃場区画に変更されている.A農家の今後の経営方針は,現状の経営規模を維持することを当面の目標としている.これは,A農家が安定的な取引先を複数確保しているものの,米価の低迷下において大幅な収益増が見込めないこと,機械の修繕や施設の維持に必要な経費を自己資金で賄っており,現状の経営規模を適正規模と捉えていること,などが理由である.
三和区中央部の浮島地区のB経営体(以下,B社)は,1戸1法人の有限会社である.2010年現在,30.2haの経営耕地面積を有しており,その大半が借地である.主な労働力は世帯主(56歳)1名である.B社では,独自のブレンド米を商標登録し,全国の米穀店との直接取引を行ってきた.また,経営規模の拡大を積極的に進め,貸し手側から依頼があった場合には,耕作農地の場所を問わず引き受けてきた.現在のB社の耕作農地は自宅のある浮島地区をはじめ,三和区内の6地区に分布している.ただし,この中の3地区では2005年以降に集落営農組織が相次いで設立され,これらの組織に農地が集約されている.B社は,農薬使用回数や畦畔の除草作業をはじめとする農地管理を各組織の方針に合わせ,組織との関係に配慮した農業生産を行っている.B社は,稲作中心の現在の経営を維持しつつ,更なる経営規模の拡大を図ることを志向している.しかし,三和区内で集落営農組織が相次いで設立されている現状は,農地の流動化が停滞する可能性があり,B社の経営規模拡大の可能性を阻むとも捉えることができる.そのため,B社では稲作中心の経営から露地野菜の栽培を加えた複合経営へ移行することで,経営の存続を図ることを検討している.
三和区西部に位置する野地区では,2005年に圃場1区画当たり1haの圃場整備事業が完了した.この事業を通して地区内の農業生産の効率化を進めるため,2007年に地区内の農家21戸で農事組合法人C(以下,法人C)を設立した.法人Cの経営耕地面積は30.5haであり,稲作と露地野菜の複合経営を行っている.
法人Cは,設立時に法人参加者の全農地を法人に集約させることが決められていた.しかし,構成員の所有農地の全てが法人集約されておらず,法人経営と個別経営が並行して行われている.これは構成員21名のうち7名が認定農業者であり,上越市の認定農業者の認定基準である経営規模(4ha)を維持するために,法人Cへの農地の持ち込み面積を抑えている.将来的な法人の経営を考える上では,現状の個別経営と法人経営が並行している状態を維持するのか,法人設立当初の理念に立ち返り,農地の一元化を図るのか,組織内で合意形成を図ることが必要になっている.