日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P009
会議情報

発表要旨
宮城県宮戸島における完新世の自然災害と植生変化
*吉田 明弘松本 秀明鈴木 三男
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

1.はじめに
宮城県松島湾周辺では,縄文時代以降の人類の痕跡が多数発見されている。なかでも,宮戸島では縄文時代前期から弥生時代にかけての貝塚や集落跡が広範囲に渡って発掘されている。また,この島は外洋に面し,かつ河川が未発達な小島であり,東日本大震災でも大浜や宮戸などの外洋に面した集落では甚大な津波被害が受けた。そのため,この島の堆積物には,過去の津波や土石流などの自然災害イベントの履歴が記録されている可能性が高い。
 本研究は,過去の自然災害イベントと植生変化の関係を解明するため,宮戸島で採取されたボーリング試料の花粉分析を行い,この結果から完新世における植生変遷を解明するとともに,過去の自然災害イベントと植生変化の関係について考察する。

2.試料と方法
ボーリング試料は,平成23年に東松島市『宮戸・野蒜地域の文化遺産の再生・活用検討事業』で採取されたものを用いた。ボーリング試料の採取地点は,宮戸島大浜に面する谷底(標高4.2m)である。ボーリング試料で認められる堆積層は以下の通りである。
この地点では下位より基盤の凝灰岩の上に,風化した凝灰岩質の中~小礫層,粗~中粒砂層,粘土層などの崖錘性堆積物が厚さ約2.8mで覆う。この上には,厚さ約4.9mの有機質粘土層が重なり,この層の下部と中部には最大で厚さ約20cmの中~細粒砂層が複数枚認められる。また,深度1.6mには,厚さ3~5cmのガラス質の灰白色火山灰がパッチ状に挟まっており,西暦915年に降灰した十和田a火山灰(To-a)に対比される。そして,ボーリング試料の最上部は粗粒砂層とシルト層が厚さ約0.3mで覆う。
花粉分析には,ボーリング試料の有機物粘土層を中心にして,To-aより下位の層準から約10~20cmの間隔で,厚さ2cmの試料を計28点採取した。試料の処理と同定・計数作業については,吉田・鈴木(2013)に従った。また,同ボーリング試料で計測された9点の14C年代値(Conventional age)をもとに,IntCal09の較正曲線に基づき算出した較正年代(Cal BP)推定した。

3.結果と考察
1)完新世における宮戸島の植生変遷
MYT-1帯期(約7,500~5,200年前)には,宮戸島ではコナラ亜属を主とした落葉広葉樹林が分布していた。また,今回の花粉分析からみて湿地林要素のハンノキ属やトネリコ属が低率である。このことから,目立った河川が存在しない宮戸島では大規模な湿地林は形成されなかったと考えられる。MYT-2帯期(約5,200~4,700年前)になると,落葉広葉樹林が減少し,これに代ってアカマツを起源とするマツ属複維管束亜属の花粉化石が急増する。また,この時期から虫媒花であるクリ属の花粉化石が微量ながら増加する。したがって,宮戸島ではMYT-3帯期から人間によって落葉広葉樹林が伐採され,アカマツ二次林や食用のクリ林が分布拡大した可能性が高い。
MYT-3帯期(約4,700~2,000年前)はマツ属複維管束亜属の花粉化石が優占するが,初頭にはクリ属の花粉化石が高率で出現し,後半には虫媒花のトチノキ属が増加する。このことから,宮戸島ではクリやトチノキの食料利用が前帯期よりも盛んに行われると共に,この帯期後半にはクリからトチノキへと人間の食料利用も変化したと推測される。MYT-4帯期(約2,000年前)はモミ林が分布拡大した。この要因は特定できないが,仙台平野のモミ林拡大の時期は地域的差異があり,アカマツ二次林の拡大後に生じる。そのため,森林伐採後の遷移に伴ったモミ林の増加の可能性もある。

2)イベント層と局地植生の変化
宮戸島の堆積物は,深度5.0m以下は砂層や礫層の互層であり,背後斜面から土石流などにより堆積物が運搬・供給されたと考えられる。一方,深度約5.0m以浅は有機質粘土が厚く堆積しており,安定した堆積環境にであったことが示される。この有機質粘土層には,複数枚の薄い砂層が挟在し,過去の津波や洪水などの自然災害イベントによって堆積した可能性が高い。
この砂層と花粉組成の関係を見ると,深度約4.5m,約3.0m,約2.5m付近の砂層の前後で,草本花粉およびシダ類胞子の出現率に大きな変化が認められる。例えば,深度約4.5m付近の砂層直下ではカヤツリグサ科が20%以上出現する。しかし,その直上ではカヤツリグサ科は1%以下と低率になり,ヨモギ属が43%と急増し,単条型胞子も少し遅れて70%まで増加する。このことから,試料採取地点付近では,砂層の堆積前には,カヤツリグサ科の湿地性の草原が広がっていた。その後,自然災害イベントの発生により,カヤツリグサ科の草本植物は環境変化に対応できず,ヨモギ属やシダ植物を主とした乾燥した草原に置き換わったと推測される。

著者関連情報
© 2013 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top