日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 605
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発表要旨
インド映画産業の生産・流通システムと空間構造
ムンバイを中心に
*和田 崇
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抄録

映画に関する地理学的研究は,映画の中に表現された場所・空間を読み解く研究,映画産業の立地状況を解明する研究,映画を活用した地域振興・ツーリズムに関する研究に大別される。このうち映画産業については,その生産システムや地理的集中・集積,空間的分業に関する研究蓄積がみられ,今後はデジタル化やグローバル化の観点からその産業・空間構造を明らかにするとともに,ハリウッド以外の地域を対象とした事例研究が期待される段階にある。以上を踏まえて本報告は,製作本数の多さと映画様式の独自性から近年,日本でも注目されるようになってきたインド映画に焦点を当て,当該産業の生産・流通システムとその空間構造について,その中心地といわれるムンバイーを中心に把握することを目的とする。
インドに映画が持ち込まれたのは1896年である。フランスのルミエール兄弟の関係者がボンベイ(現ムンバイー)で在インド外国人向けに上映したのがインド映画の始まりとされる。その後,外国との交易が盛んなボンベイとコルカタ,マドラス(現チェンナイ)を中心に映画が上映されるようになり,大衆演劇の歴史があり,また新しい娯楽を求めていた当時のインド人にひろく受け入れられた。インド初の純国産映画は1913年に公開された『ハリスチャンドラ王』で,これ以降,ヒンドゥー神話をモチーフとした映画が多数製作・公開され,人気を得た。
1920年代からはハリウッドと同様にスタジオを頂点とする生産・流通システム(スタジオ・システム)が構築されたが,1947年のインド独立後にスタジオ・システムは崩壊し,映画スターを中心にプロジェクトごとに小規模事業者が協同で映画を生産し,流通させるシステム(スター・システム)が確立された。また,1930年代から映画関係者の同業組合がボンベイとコルカタ,マドラスを中心に組織されたほか,1960年代からは映画学校や輸出公社,フィルム・アーカイブが設立されるなど,映画産業への支援体制が拡充した。こうした体制整備や支援もあって,インド映画産業は大きく発展し,映画製作本数は1960年に日本に続く世界第2位に,1971年に日本を抜いて世界第1位となった。
国別に映画制作本数(2009年)を比較すると,インドは1,288本と世界第1位で,第2位のアメリカ合衆国(694本)や第3位の中国(475本),第4位の日本(448本)を大きく引き離している。映画館の年間入場者数も約29億人と最多で,アメリカ合衆国の約14億人を大きく上回っている。
インドの映画は国内に多数存在する各言語で製作されており,北部9州を中心に約4億人の市場を有するヒンディー語映画,約7,600万人の人口を有するアンドラ・プラデシュ州を中心に公開されるテルグ語映画,約6,200万人の人口を有するタミルナードゥ州を中心に公開されるタミル語映画などの製作本数が多い。ヒンディー語映画はムンバイーを中心に製作され,ムンバイー映画界は旧都市名ボンベイの頭文字Bをとって1970年代後半から「ボリウッド」と呼ばれている。また,タミル語映画界はチェンナイ市内の同産業集積地コーダーンバッカムの頭文字Cをとって「コリウッド」,テルグ語映画界はテルグ語の頭文字Tをとって「トリウッド」と呼ばれるなど,インドは国内各地に映画産業の集積地が存在する。
これらの中で,製作本数や製作規模,映画のグレードなどからみてインドの映画産業の中心地といえるのがムンバイーである。ムンバイーで映画産業が発達した理由としては,大衆演劇の存在,多様な産業の集積,資金調達の容易さ,コスモポリタン都市,ムスリムを中心とする社会的ネットワークの存在,が挙げられる。 ムンバイーでは現在,ヒンディー語映画だけでなくマラーティー語映画,ボージプリ語映画,グジャラーティ語映画なども製作されている。ムンバイーの映画制作関係者/社のほとんどはムンバイー北郊に集積している。これは,地価の安さ,撮影スタジオの立地とともに,職種間で緊密に連絡をとりあいながら協同で仕事を進めるという映画産業の特質に起因する。しかし近年,スタジオの老朽化や不足などから,他州のスタジオや海外で撮影を行うケースも増加しており,ハリウッドでみられるようなランアウェイ・プロダクションがムンバイーでも確認できる。
インド国内へのヒンディー語映画の配給は,国内の5区域,さらに各区域を細分化したサブ区域において,各区域を管轄する配給業者が担当している。また各区域では,大都市をAセンター,中小都市をBセンター,その他周辺地域をCセンターと位置づけ,それぞれの市場に応じた配給システムを構築している。しかし近年,衛星テレビの普及やシネコンの増加などにより,こうした従来の配給システムは変容を迫られつつある。.

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