抄録
八ッ場ダム建設関連で実施された利根川・江戸川河川整備計画の報告は,不都合な資料を意図的に排除する情報操作や3.11.タスクフォース報告の主旨「複合災害の視点」を無視して短期間で作成された.有識者会議座長及びダム推進の各委員は,捏造や情報操作した資料を容認し,河川官僚は,行政の裁量権を逸脱して不正な報告に基づく意見取りまとめを行っていた(竹本,2012).本発表では,吾妻川流域住民がダム災害の罹災時に生活基盤が完全保障されるよう公正な検証を怠った関東地方整備局・有識者会議座長と利用者の安全を軽視したJRの責任を明らかにしておきたい.
吾妻渓谷では,連続雨量120mmを超えるとJR・国道を通行止めにする.これは,応桑岩屑なだれ堆積物(OkDA)に伴う土砂災害や土石流の危険が高まるからである.昭和6年西埼玉地震の際には地震動によって山崩れ200箇所,石垣崩壊50箇所が発生し,OkDAが凝集力の乏しい地層であることを裏付けている(熊谷測候所,1932).この土石を水で飽和させ振動を与えれば,住民の生活基盤を奪う災害を引き起こし,ダムの埋積が急速に進むことは自明である.現在の吾妻渓谷で地すべりや崩壊が減少した理由は,水で飽和すると崩れやすいOkDAの基底よりも吾妻川が深く谷を刻み「水切り状態にしたこと」で地盤が安定したのである.この逆となるダムを造れば,災害が頻発することは必然である.
①八ッ場沢トンネルの変形:OkDA直下に掘削した天板が酸性の地下水を貯留するダムの役割を果たし,OkDAのが飽和状態となった.この結果,接合部からは炭酸カルシウムの析出が著しく,度々修復を行なっている.また,車両や隣接する吾妻線の振動で,本体にも縦横に亀裂が生じるなど,OkDAの不安定化によるトンネルの変形が確認できた.
②湖面3号橋脇:付帯工事現場の崩壊と防災:掘削された工事穴は,一時的に水が貯留された結果,OkDAの崩壊が発生し,導水パイプと擁壁を設けて崩落の進行を止めている.隣接の斜面林は,降雨の影響で崩れ落ちた状態にある.また,林地区南の断崖には,OkDAのブロック崩壊痕地が数多く,湛水後には同様の被害が想定される.事態の深刻化は,林地区全体で大規模な崩壊が発生するだろう.
湖面2号橋脇の「道の駅」はOkDAの深層崩壊地の崖際にあり,崩壊を免れた残存部の安全確保は,必要不可欠であるが防災工事は実施されてない.
③JR川原湯新駅の土砂災害(安全軽視の実態)上湯原の応桑層(OkDA)は地すべりで分裂低下し,堆積面は山側へ逆傾斜している.これで生じた凹地には崖錐堆積物や土石なだれの堆積物,古墳時代以降の土石流堆積物が観察できた.これらは,地すべりが発生し土砂災害が頻発したことを裏付ける証拠であり,国が「地すべりを全面否定した最終見解」が全くの偽りだったことを示すものである.この情報を伝えたJR東日本は,国交省と一体の考えで防災対策を十分に考慮せず新駅建設を進めるなど利用者の安全を最優先で考える対応を取っていない.OkDAの地すべりは,発生と同時に「山津波となって上湯原全域を襲った」事実を示すものであり,ダム建設がもたらす最悪の被害想定として再度指摘しておきたい.
ダム堆砂量は,利水・治水・防災上の有効性を左右する重要な要素であるが,八ッ場ダムの場合100年で1750万tと想定し,6千万-1億tが運用可能としている.しかし,運用中に浅間(300-800年),草津白根(1000年)の大噴火が想定で入るにもかかわらず,活動しない前提で試算をしていた.また,堆砂量を左右するウォッシュロード効果の実績では,同一条件下にある霧積ダムの計画比堆砂量は,196㎥/㎢/年に対して716.6㎥/㎢/年と実績は3倍もの開きが認められた.一方,流域面積が同ダムの33倍ある八ッ場ダムの計画比堆砂量は,土砂供給量が少ない草津側支流2つの砂防ダムの堆砂量を吾妻川全体の基準とし,最大の土砂供給源:浅間側のデータ・過去の噴火実績を全て排除するなどして245㎥/㎢/年と試算するなど不正な試算を行っていた.
Ⅳ「行政科学」が引き起こす災害と住民のリスク
吾妻渓谷は,適度な土砂流出で町民を守る天然の砂防機能を持っていたが,ダムの存在が噴火の際に高い罹災リスク与える結果となる.湛水すれば,湖面に接するOkDA各所で崩壊や地すべりを誘発すだろう.ダムに蓄積された土砂は,浅間山噴火の際には中之条~渋川~埼玉へと洪水や土砂災害を拡大化させるだろう.行政が,最新の研究成果を意図的に捻じ曲げて計画を実行すれば,公的機関が組織的に犯罪行為を実行したことと同じである.八ッ場ダム建設は,災害リスクを住民へ新たに負わせることになる.国は,防災上もダムを造らない選択肢しかないことを認識して速やかに住民を救済すべきだろう.