日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 317
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発表要旨
東日本大震災と民俗芸能
岩手県大槌町の事例
*池谷 和信
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抄録

 
1.     はじめに  
 これまでの東日本大震災以降の被災地における地域変容や支援活動に関する報告では、避難所や仮設住宅などの地域の居住地変容や漁業や水産加工業を中心とする経済復興に焦点を当てられることが多かった(池谷2011aほか多数)。しかし、地域全体の変容を考えるうえで、神楽、虎舞、鹿子踊りなどの地域の民俗芸能などに関わる文化的側面の把握も必要である(池谷2011b、日高編2012)。そこで、本研究では、東北地方の太平洋沿岸における被災地全体の民俗芸能の動態を視野に入れながら、岩手県大槌町の事例を中心にして過去2年半あまりの変化を報告することを目的とする。報告者は、2011年4月以降現在まで、大槌町臼澤地区における鹿子踊りの芸能集団とのかかわりを深めて、断片的ではあるがそこでの参与観察を行ってきた。なかでも、2012年3月に対象集団が支援へのお礼のために中国公演に行った際も、広州や香港において行動をともにした。
2.結果と考察
1)町内には鹿子踊りを担う団体が5つ、虎舞を担う団体が5つあるが、今回の津波による被害は虎舞の団体のほうが沿岸部を本拠地にしていたこともあり大きかった。芸能に欠かせない道具や衣装などが流されたために、芸能の存続が危ぶまれてきた。このため、震災後に虎舞では単独の団体で活動はできず複数の団体からメンバーを集めることで対応してきた。また、両者の芸能とも踊りが中心であり、その主な担い手は20-30代の若者の男性から構成される。
2)震災後にいち早く活動した芸能集団は多くはなかったが、対象とする集団は2011年4月下旬に被災後最初の活動がみられた。これには、集団の踊りの練習の場となる建物が避難所にしてされたこと、対象地区が内陸に位置していたことで、津波による直接の被害が少なかったことなどが挙げられる。
3)それから2012年にかけて、対象集団の活動は活発化する。これまで、あまり公演のために町の外に出ることは多くはなかったが、遠野市や盛岡市などの県内、東京都や静岡県、そして中国まで活動の地理的範囲は広がっていった。同時に、町内でも「海の盆」のような新たなイベントが生まれて、他の市町村の芸能集団が集まってくるようになった。ここでは、新たな交流が生まれている。
4)対象集団は、地域のなかでの様々な行事の際に欠かせない。とりわけ、9月下旬の大槌祭りの際には、集団の力が最大限に向けられる。集団内では、当日、誰が踊りの中心を行うのか否かが論議の的になるが、芸能集団の構成員は世代を超えていて世代を超えて一体となって活動がなされている。また、2011年と2012年とを比べると、2012年には町内の参加団体が増えて、震災前の形にもどりつつある。以上のように、本研究は、震災後の民俗芸能の動態に関する一事例を示したものであるが、他の地域での事例との比較考察が求められる。報告者は、被災地での民俗芸能と地域社会とのかかわりを考える際には、被害の状況、芸能集団の規模、芸能の歴史などが重要な要素であると考えている。 
参考文献
池谷和信2011a「リスクのなかでのなりわい-避難所での暮らし-」(特集復興への道)『季刊民族学』138号:38-45頁
池谷和信2011b「東日本大震災と民俗芸能の動態」日本民俗学会第63回年会実行委員会編『日本民俗学会第63回年会研究発表要旨集』p.77
日高真吾編2012『記憶をつなぐ 津波災害と文化遺産』千里文化財団。 

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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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