日本地理学会発表要旨集
2013年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 732
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発表要旨
高等学校地理教育におけるナヴィゲーションの学習
授業でのオリエンテーリング競技の実習
*小林 岳人
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抄録
 ナヴィゲーションは地図の利用の中では最も基本的な課題である。東日本大震災で明確になったように災害時においては、災害そのものからの避難の他、大都市における帰宅難民のような課題ももたらす。ナヴィゲーションはこうした場面で不可欠な能力である。空間移動能力は、学校での教育活動に位置づけることが必要である。学習指導要領解説の「地理」には「見知らぬ土地を地図をもって移動すること」が明記されており、地図を使ったナヴィゲーションは地理的技能の一つとして指摘されている。地理教育こそがナヴィゲーションの教育を担うのにふさわしい。現況ではこのナヴィゲーションの学習に関する方法論については地理教育での研究の蓄積は少なく、ナヴィゲーションの体系的な指導は確立されているとは言い難い。地図を駆使したナヴィゲーション技術を競い合うスポーツ競技としてオリエンテーリングがある。オリエンテーリングの競技形式は近年、進化し拡大している。山林以外に公園や市街地でのオリエンテーリングも競技化され、世界選手権大会も行われている。この形式は初心者も安全で短時間でナヴィゲーションの本質を実感できる。本研究ではこの形式でのオリエンテーリングを高等学校の授業の時間に実習形式で行い、その効果を検証する。授業実践は発表者が受け持っている千葉県立松戸国際高等学校第3年次地理B受講者男子10名女子18名及び比較文化(学校設定科目)受講者男子15名女子79名(※重複選択者男子2名女子10名)の合計110名を対象として行った。地理Bは地図の読図とナヴィゲーションの学習、比較文化は年間のテーマである「北欧文化」の中で北欧のスポーツ体験ということで実習を行った。授業(50分)は次の手順で3回実践した。(1)事前準備…用具準備・オリエンテーリング用地図作成(Ocad利用)・コース設定・処理ソフト(Mulka)設定⇒(2)事前授業…ビデオ視聴・説明・モラル確認⇒(3)当日準備…コントロール設置・確認・試走、フィニッシュ設置⇒(4)授業…準備運動、コンパス及びEカード配布、スタート処理、ビデオ撮影、フィニッシュ処理、速報掲示、整理運動⇒(5)片づけ…撤収、結果等掲示⇒(6)事後授業…アナリシスシート記入、撮影ビデオ放映、解析ソフト(Lap Combat)利用、表彰式 感想を分析すると殆どの学習者が「楽しかった」と好意的であった。「地図をよく読むことが必要」という記述が多く、第1回目の実習の感想のうち46.2%がこのような記述をしていた。また、次回への向上心を示すもの多かった。第2回目以降の感想には「地図読図能力の向上が実感」や、速くなるために「読図と走る速さのバランスが必要」「地図と周囲の風景の照合」といった具体的方法の記述もされていた。第3回目の実習の感想では「良い経験」「達成感」「本格的に林の中でやってみたい」の他「生活の中への応用」「知らない場所でどう使えるか」「災害時への心得」というようにここで得た読図技術をどのように生すかという記述もみられた。学年末の生徒への授業内容に関するアンケート(5段階で良い方から5、4、3、2、1を記入)では、オリエンテーリング授業の平均得点はすべての授業内容の中で最高得点(地理B…4.81、比較文化…4.69)となった。この他、地理選択者と比較文化選択者のそれぞれの女子について各回の完走者の平均所要時間を比較したところ、いずれも地理選択者が比較文化選択者を上回った。t検定もp<0.05となり差は有意となった。地理選択者は事前に地形図での道案内練習や地形図と現地写真の照合などを行っており、これらが実際のナヴィゲーションに効果があるということが推察される。競技という空間を作ることにより、焦ったり他人に惑わされたりといった状況になる。これはパニック等に近い雰囲気となる。こうした状況で、速やかにナヴィゲーションを行うには落ち着いて地図を見て、周囲を確認しそれぞれを照合するといった地図を正しく扱う手続きが必要である。これらを走りながら行うとことで体力との兼ね合いも必要となる。机上や静止状況では得られない、迫真の読図が要求される。迷った、ミスをした、ペナルティをしたといった気持ちを体験することも大切である。こうした失敗経験が、悔しい、またやりたい、今度は失敗しない、というような反応を引き出す。 著しい効果を感じた授業ではあるが、実践は容易ではない。学習者の感想に「かなり本格的な実習だった」とある。機材を使わないとリアルタイムのフィードバックができなくなるし、地図やコース等が甘くなると面白くない。ナヴィゲーションの本質が体験できないと教育効果は低下する。指導者側には専門的なスキル及び機材が不可欠である。(1)専門家の派遣(2)機材レンタル(3)地図作成等の支援などを考える必要があろう。一方、学習者側にも一定の知的好奇心・基礎体力、授業クラスの雰囲気等が必要である。
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© 2013 公益社団法人 日本地理学会
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