抄録
はじめに
トチノキ(Aesculus turbinata)は日本の冷温帯に広く分布する落葉高木である.滋賀県高島市朽木地域(旧朽木村)においては,胸高周囲長が300cm以上のトチノキの巨木が密生して分布することが明らかになってきた.しかし,内装材としてのトチノキ巨木の需要増大にともなって,巨木が軒並み伐採された谷も確認されている.
トチノキが伐採されることによる生態学的・水文学的な影響を検討することは急務であるが,トチノキ巨木の立地環境に関する詳細については明らかになっていない.本種は、渓畔林の構成種として知られるが、巨木にまで成長する個体の生育地は特定の地形条件に限られることが予想される。そこで本研究では,朽木地域の山地源流域を対象に,トチノキの巨木の分布の特徴を解明することを目的とする.
方法
調査は,朽木地域のY谷を対象に行った.Y谷は安曇川支流の北川沿いに位置している.集水域全体(50ha)のトチノキの位置をGPS受信機によって記録し,各個体の胸高周囲長を計測した.また,分布特性を把握するためにトチノキが生育する場所の地形環境の記載を行うとともに,谷底部からの比高をレーザー測量機によって算出した.なお,谷頭部の比高は流水が地表に現れる地点からの高さを計測した.
結果と考察
トチノキは対象とした集水域全体に229個体が生育していた.トチノキが出現した地形面は主に谷源頭部の谷頭凹地,谷壁斜面,谷底部及び谷底の小段丘であった.
図1は谷壁斜面と谷底部に出現した179個体のトチノキの胸高周囲長と谷底からの比高の関係を示した散布図である.結果から,トチノキは谷底からの比高が20m未満の場所に多く生育していることが明らかになった.20m以上の場所に生育しているトチノキは,近くに支谷やガリー等がみられ,いずれも沢筋に近い場所に存在していた.谷壁斜面及び谷底・小段丘には多くの小径木がみられ,それらの多くが谷底部に分布していた.一方で巨木は,谷底からの比高が10m付近に多く分布する傾向があり,谷底に近い場所の個体数は少なかった.谷底からの比高が10m付近には,谷壁斜面の下部と上部を分ける傾斜変換点が存在する.傾斜変換点の下部では侵食作用が強く働くため,巨木の分布が少なくなっているといえる.
トチノキが巨木になるまでには200年以上の年月を要すると考えられるため,巨木の分布を考える上では大規模な地形撹乱を考慮する必要があると考えられる.