日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 204
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発表要旨
整備新幹線の開業に関する地理学的視点からの論点整理
東北・北海道新幹線の事例から
*櫛引 素夫
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抄録

1.はじめに
整備新幹線は1973年の整備計画決定後、2011年までに東北新幹線・盛岡以北と九州新幹線が全線開通した。2015年春には北陸新幹線の長野-金沢間、2016年春には北海道新幹線の新青森-新函館北斗間が開業する。これらの新幹線開業が地域にもたらした、あるいはもたらしつつある変化については、多くの研究や報告がなされてきた。しかし、地元住民を対象とした調査や、住民生活への新幹線の貢献に関する評価作業はほとんど行われていない。一方で、本格的な人口減少時代を迎え、これまで開業効果の目安とされてきた沿線人口や新幹線の利用者数、各種の経済指標については、指標としての妥当性に検討の余地が生じている。
本研究では、主に東北・北海道新幹線の沿線地域を対象として、地理学的視点から、整備新幹線に関わる地域課題の再整理を試みるとともに、地理学的な視点を反映させた評価作業の可能性について検討する。

2.「新函館北斗駅」をめぐる混迷
北海道新幹線は、函館市に隣接する北斗市の新函館北斗駅が当面の終着駅となり、駅名をめぐって、函館市と北斗市がそれぞれ「新函館」「北斗函館」を主張し対立した。また、本州と札幌を結ぶ最短ルートが選択された結果、函館市から18km離れた渡島大野地区に新幹線駅が立地することとなった。加えて、駅前へのJR系ホテル進出計画が白紙に戻った。これらの事情から開業準備の遅れが懸念される。
駅名をめぐる地元の対立は、東北新幹線の七戸十和田駅でも発生したが、開業後は沈静化した。一方、長距離ターミナルの郊外移転やその駅前開発の停滞は、新青森駅に前例があり、住民の間には今も不満や批判が強い。 駅名は、新幹線や駅の「存在効果」に大きく関わり、地元自治体が強い関心を寄せる問題である。しかし、駅名が地元自治体にもたらし得る利益や不利益について、因果関係が必ずしも論じられないまま、対立が激化する傾向がある。駅の名称や知名度、さらには近隣都市との距離が、外来の旅行者と地元住民それぞれにどのような意味を持つか、また、開業の準備や開業後の新幹線活用に向けて、どのような理解が必要か、対立解消も視野に入れた、地元に対する地理学関係者の助言が有効であると考えられる。

3.青森市内の調査から
前述のように、整備新幹線開業に関する沿線の住民を対象とした調査事例は少なく、新幹線が住民生活にどのような影響を及ぼしたか、必ずしも明らかになっていない。発表者は2014年8月から9月にかけて、青森・弘前・八戸の3市の市民を対象に、開業効果に関する郵送調査を実施予定である。その予備作業として2013年11月、青森市の観光ボランティア42人を対象にアンケートを実施した。
新幹線がもたらした全体的な効果については、回答者の7割が肯定的に評価した。また、個別の項目では、観光客の増加や地元の接遇向上に対する肯定的な評価が目立った。半面、物産開発や広域観光の進展に関しては否定的な評価が多く、空き地が広がる新青森駅前の現状については、肯定的な評価が2割にとどまった。
新青森駅が持つ新幹線ターミナルとしての機能や利便性と、駅前の景観・商業集積、そして新幹線の「開業効果」は、本来ならそれぞれ、切り分けて論じるべき問題である。しかし、住民は新幹線駅周辺の景観を「開業効果の重要な要素」と位置づけている可能性がある。このような現象をどう理解し、誰がどう対策を提起していくべきか、地理学的な視点から再検討する余地があるだろう。

4.展望
整備新幹線の沿線地域では、開業に前後して、住民の意識や行動様式に多くの変化が生じていると考えられる。これらを適切に観察し、指標化して、新幹線がもたらした変化を評価していく作業は、一過性の観光振興策よりはるかに重要であろう。しかし、現時点では多くの地域で、評価の必要性に対する共通認識自体が形成されていない。
他方、新青森駅と新函館北斗駅の郊外立地の事例は、新幹線が果たす、国土を網羅する高規格鉄道としての役割と、特定地域の振興における役割が、必ずしも整合しないことを示している。
北陸新幹線や九州新幹線を含め、整備新幹線の沿線地域は今後、人口減少が加速していく。さまざまな時間的・空間的スケールから、地域振興策としての整備新幹線の意義を再検討し、人口減少社会に向けた施策に適切な助言を行っていくことは、地理学の重要な課題と位置づけられよう。

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