日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 206
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発表要旨
台湾における医療供給体制の階層性と公平性
*中村 努
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キーワード: 医療, 公平性, 階層性, 台湾
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抄録

Ⅰ.はじめに
台湾において,日本と同様の社会保険制度のもと,フリーアクセスを基本とした医療サービスが供給されている。しかし,医療供給体制の態様は,台湾と日本で異なる。台湾では全住民の医療データが電子化されるとともに,それぞれの医療機能に基づいて,センター病院を中心とした階層的な医療供給体制が構築されている。同時に,政府のトップダウンで僻地医療対策が実施されている。2012年12月には,遠隔医療の手段として,クラウド医療情報システムが試験的に運用されるなど,医療機関への物理的なアクセシビリティの改善が図られている。そこで,本発表では台湾を事例に,階層的な医療供給体制における公平性の維持に向けた取組みを明らかにするとともに,日本と異なる展開を示す地域的要因を検討する。本発表は僻地医療の事例として桃園県復興郷を取り上げ,各医療供給主体の行動についてヒアリングを通じて分析した。

Ⅱ.復興郷における巡回診療
復興郷には1.1万人が住んでおり,うち7割が原住民タイヤル族である。復興郷は山間部にあり,平地に下りるためには自動車で最低でも2時間を要する。漢民族の主な疾病は高血圧や糖尿病である一方,原住民は過剰飲酒による痛風,糖尿病,重労働による関節炎が多く,平均寿命が低い。かつての患者は自己負担で平地の医療機関を受診する必要があったが,現在,医師は政府運営の衛生所における診察に加え,点在する少数民族が住む10の集落への定期的な無料巡回を通して,診察と健康管理に努めている(図)。巡回先の診察室では,衛生所に蓄積された診療情報がクラウドシステムを通じて共有されるため,紙カルテを持ち出す必要がなく,パソコンと必要な医薬品を積載すればよい。現在は①医薬品使用履歴,②検査履歴,③入院・退院時サマリ,④レントゲンの情報のみに限定して公開されている。巡回先の衛生室には無料で接続できるWifiが備わっている。復興郷がメディカルクラウド計画の対象地域に選ばれた理由は,①人口に対して医療機関が少なく,需要があること,②48のIDS(Integrated Delivery System)のうち,台北に近く,タイヤル族の林医師が積極的に僻地医療に取り組んでいること,である。林医師は80年代~90年代,研修で山村医療の格差に驚き,地元に貢献したいという思いで,原住民出身の医師を育成する奨学金を用いて医師になった。他の医療従事者もタイヤル族出身である。看護師は13人で,1村に1看護師の体制を維持している。
さらに,衛生所で撮影されたレントゲン画像は,近隣の政府直轄の桃園病院へ読影依頼のために転送し,読影結果を即座にフィードバックする仕組みが構築されている。この遠隔画像診断ネットワークは台湾の山間部や離島に立地する19の衛生所向けに構築されている。2008年11月に試験的に稼働して,2010年5月に本格稼働した。画像判読センターは月に200~300枚の画像判読を行っており,結核や骨折など緊急の場合には,復興郷から桃園病院など大型病院へ衛生所が患者を転送する。利用者数は2010年の5,291から2012年の12,206と順調に増加している。このようにして,政府は衛生所の運営を中心とした遠隔医療をはじめとする医療の地域格差是正に向けた実効性のある施策を進展させている。

Ⅲ.台湾の医療供給体制の特徴
台湾では,医療機関の情報技術利用行動において,市場部門が中心の都市部における消極的な姿勢と,公的部門が中心の地方や島嶼部における積極的な態度といった二極化が認められた。台湾の医療分野におけるICTの急速な普及は,単一の医療保険制度であるという制度的要因,面積や人口が相対的に小さく,僻地医療の展開が容易であったという地形的,人口学的条件,旧植民地時代に日本政府によって設置された衛生所を中心としたこれまでの僻地医療の歴史的経緯,そして台湾政府のトップダウンによる政策の実施という政治体制によって可能になったといえよう。

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