日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 303
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発表要旨
インド、ブラマプトラ川氾濫原に暮らすムスリム移民の生業
*浅田 晴久
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抄録
1. はじめに
本発表ではインド北東部、アッサム州のブラマプトラ川氾濫原に暮らすムスリム移民の生業活動について、2013年から2014年にかけて実施してきた現地調査の結果を報告する。
アッサム州のブラマプトラ渓谷では文化や言語、宗教を異にするさまざまな民族が農業を主とした第一次産業に従事している。これまで発表者とその共同研究者は、アホム(浅田2011)、アホミヤ(デカほか2011)、ミシン(浅田2014)などの在来住民を対象にして、村落調査を行いその生業構造を明らかにしてきた。その結果、これらの在来民族はブラマプトラ渓谷が作り上げた自然環境に適応する形で耕地利用や作付体系などの技術を発達させており、現在まで外部技術の導入は最小限にとどめて伝統技術を利用して生計を立てていることが判明した。
在来住民の大多数が伝統技術を用いて生業活動を行う一方で、比較的新しい時代にブラマプトラ渓谷に移入したムスリム住民は全く異なる技術で自然環境を利用していることがたびたび指摘されてきた。アッサム州内のムスリムは古くはムガル帝国期から住み着くようになったが、大多数は19世紀末から20世紀初頭の英領期に耕地開拓のために移住してきた人々である。印パ分離やバングラデシュ独立時にも多数の住民がアッサム州に流入したと言われている。外からやってきたムスリム住民は、それまで在来住民に利用されてこなかった河川の中州や河岸地など洪水常襲地域に住みつき、過剰な水を克服して独自の生業活動を行っているとされる。
ムスリム住民の人口は年々増加しており(2001年センサスで州人口の31%)、在来のヒンドゥー教住民との衝突が大きな社会問題となっている。このような社会問題の解決のためにも、自然環境の利用に主眼を置いて在来住民と外来移民間で生業活動を比較することは意義が大きいと思われる。地元研究者によるムスリム村落研究はほとんど見当たらず、在来住民の側からみたムスリム住民の事例報告でも(木村2012)、村落調査に基づいた生業活動の実態は未だ明らかにされていない。
2.調査地および調査手法
調査地域はアッサム州の中でもムスリム住民比率の高いナガオン県である(2001年センサスで51%)。アッサム州中部にあるナガオン県は北側をブラマプトラ川が流れ、河岸沿いでは雨季に河川氾濫による湛水がみられる。
河川近傍に位置し、ムスリム住民が多数を占める調査村落において2013年8月(雨季)、2014年3月(乾季)、9月(雨季)の3度現地調査を行った。現地調査に際してはノウゴン女子大学地理学科の協力を得た。
3.結果と考察
調査村落で行われる生業活動のなかで他地域に見られないものが、乾季のボロ稲作と雨季の養魚である。耕地が湛水して雨季に稲作が行えない代わりに、乾季に管井戸で地下水を汲み上げてボロ稲が栽培される。このボロ稲作と組み合わせて、水田内で養魚が行われている。ボロ稲が刈り取られる前の4-5月に孵化した稚魚を放つために、水田の一画を掘り下げて乾季の間でも水が溜まる構造が作られている。雨季には水田一面が広大な養魚池に変貌する。
ムスリム住民は自然環境を積極的に改変することで、本来は不可能であったボロ稲や養殖魚など生産性の高い生業を実現している。これは与えられた自然環境に合わせる形で雨季の天水稲作を続けてきた在来住民とは全く異なる自然の利用技術である。外来技術と在来技術の生産力のちがいによって住民間に摩擦が生じており、今後は農家経営や村落社会システムの差異にも着目する必要がある。
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© 2014 公益社団法人 日本地理学会
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