抄録
1.はじめに
新自由主義に基づく経済活動のグローバル化は,商品や資本はもちろん,労働力もグローバルシティに集中させ,今までにないほどに,国境を越える移住を活発化させている.特に,近年の移住は,移住先で永住し,現地社会に同化・吸収される移民よりも,起源地のアイデンティティやネットワークを維持しながら,国境を越えて複数のローカルを行き来する,いわゆるトランスナショナルな移住に近い.様々な形で行われるトランスナショナルな移住により,移住の起源地はもちろん,目的地のエスニシティも多様化され,都市空間も急変している.
欧米諸国での民族空間形成の様相は,アジア圏の大都市においても,時間差をおいて繰り返されることが多い.そのため,グローバルシティへの移住の傾向,そして移住者空間の変化へ注目することは,今後の日本やアジア各国での移住の動向を予測できるために,研究を行う必要がある.以上を踏まえて,本報告では,アメリカ合衆国ニューヨーク市の大都市圏に位置する3ヶ所のコリアタウンを事例に,トランスナショナルな韓人移住者の増加が,ニューヨーク市の移住者空間に如何なる変化をもたらしたのかを議論する.本研究の分析にあたり,2012年5月,そして2013年6月に参与観察,In-depthインタビューを含む現地調査を実施し,関連資料を収集・分析した.
2.研究対象地域の概要
本報告の事例地域であるニューヨーク市は,アメリカ合衆国ニューヨーク州にある,人口約2千万の世界的中心都市である.ニューヨーク市,そして境界を接するニュージャージ州の一部地域を含む大都市圏の韓人の人口は,公的統計では約22万と集計されている.ここに短期滞在者等を含めると,その人口規模はさらに大きくなると考えられる.
現在,ニューヨーク市には3ヶ所のコリアタウンが存在する.1970年代,クィーンズボロー(日本での行政区にあたる)・フラッシングに韓人向けエスニック・ビジネスと居住地を含むコリアタウンが形成されたのを端緒とし,ニュージャージ州バーゲン・カウンティー(日本での郡にあたる)ペリセイズパーク地域にも集住地が形成された.これらの地域には,それぞれ約3万,約1万の韓人が居住している.また,マンハッタンの中心部である5番街の32丁目付近には,商業施設を中心とするK-town(公式名称Korean way)が形成され,ニューヨークにおける韓国の最新トレンドの発信地となっている.
3.本研究の知見
ニューヨークにおける韓人移住者を移住時期,目的,経路,アイデンティティなどを基準にオールドカマーとニューカマーに分類すると,ニューカマーに分類される移住者は,1990年代からトランスナショナルな移住を行っていることが分かる.このような移住者の様相は,永住を目的とし,受容国の社会へ同化してきたオールドカマーとは区別される.
韓人オールドカマーとニューカマーは,移住過程や定住の在り方において,それぞれ独特な傾向を持つ.オールドカマーの場合,フラッシングのコリアタウンでの文化的・言語的適応を経てから郊外へ再移動するが,ニューカマーは,生活環境や通勤距離を優先的に考慮し,最初からニューヨーク市やニュージャージ州の各地へ流入した後に,近くのコリアタウンを訪れる.
3ヶ所のコリアタウンは,それぞれを構成する移住者により,異なる景観とエスニシティを持っている.フラッシング・コリアタウンは,移住者が自発的に凝集し,主流社会から自らを守るエスニック・エンクレイブ(ethnic enclave)で,オールドカマーの生活の根源となっている.一方,ペリセイズパーク・コリアタウンは,オールドカマーとニューカマーが混在する民族郊外地(ethnoburb)であって,開放的な民族空間として機能している.また,マンハッタン・K-townは,オールドカマーにより形成され,ニューカマーから主流社会の構成員にいたる幅広い客層に利用される空間である.K-townは,ニューカマーにとってはトランスナショナルなネットワークの交差点,主流社会の構成員にとっては,混成的な文化の体験の場という意味を持つ.なお,現代社会における交通網と情報通信技術の発達は,移住過程で形成される韓人ネットワークに対し,コリアタウン間,そして韓国とニューヨーク間での多層的な連携を可能とさせたほか,広域的な韓人の移住者空間を作り上げる役割を果たした.