抄録
1.研究背景と目的 2008年から始まった日本でのジオパーク活動は、わずか6年で日本各地に広がり、2014年7月現在、33地域が日本ジオパークに認定され、またそのうちの6地域が世界ジオパークネットワーク(以下、GGN)加盟の世界ジオパークである。ジオパークは、地球活動の遺産を主な見どころとする自然の中の公園である。ジオパークでは、対象とする素材の保全・保護を確実にしつつ、教育や観光等に活用し、地域振興につなげる目的がある。GGNのガイドラインでは、地質学に直接関係ないテーマであっても、地形や地質の関わりが学べるような対象は、ジオパークを構成する要素として協調すべきとされている。日本のジオパークにおいては、その地域ならではの食や伝統産業などもジオパークの対象としてパンフレットで紹介をしている事例もみられる。一方で、食や伝統産業のような文化資源はコラムのような扱われ方をすることが多く、社会・文化的な地域資源を地形や地質、または広く自然環境と結びつけたストーリーの構築がジオパークでは望まれる。 本研究では、ジオパークにおいて大地の恵みとして取り上げられることの多い「食」のなかでも、特に原料として「水」と「米」という地域の自然に立脚したものを使用する酒造業に着目する。日本の複数のジオパークにおいて、パンフレットやウェブサイトに「大地の恵み」といった説明を付して日本酒や焼酎などの酒類を紹介している。しかし、造り酒屋や仕込み水の採水地がジオサイトやジオポイントしてジオパークのアトラクションとして位置づけている例は少ない。また、食に関する説明についても「大地の恵み」といった簡易的なもので済まされることもあり、大地の恵みの部分の解説が不十分である事例も見受けられる。そこで、糸魚川世界ジオパークを事例に、酒造業の実態を明らかにするとともに、日本酒をどのようにジオパークのストーリーの中に位置づけていくことができるか検討する。 2.糸魚川市内における酒造業 糸魚川世界ジオパークは糸魚川市全域とその範囲が一致する。新潟県の最西部に位置し、富山県と接する。2009年に日本で最初の世界ジオパークに認定された地域の一つである。 酒造業をジオパークのアトラクションとして位置づけるにあたっては、仕込み水の水源や水質、また酒米の銘柄と栽培地、また酒造業が維持されてきた社会・経済的な背景を整理する必要がある。ここでは、仕込み水に着目し、その採水地や方法、関連する地理的な諸要素を述べる。調査の方法としては、酒蔵における聞取り調査および糸魚川世界ジオパークで作成している各種資料(パンフレット類)をもとにした。 糸魚川市内には池田屋酒造(株)、加賀の井酒造(株)、(名)渡辺酒造店、猪俣酒造(株)、田原酒造(株)の5つの酒蔵が存在する。酒どころ越後の中でも特に糸魚川は水が良いとされる。酒造りのための水は基本的には伏流水が使用される。しかし、5蔵が一律で同じ水を用いているわけではない。例えば、糸魚川市街地に位置する加賀の井酒造では敷地内の井戸水を仕込み水としている。糸魚川市街地を流れる姫川水系の伏流水が地下水となっているものをくみ上げている。この水は新潟地酒では珍しく硬水である。加賀の井酒造では、「硬水の醸す酒造りを極める伝統の蔵元」というフレーズを掲げている。また、猪又酒造は糸魚川市街地から車で20分ほどの早川沿いに位置し、ジオサイトの一つである月不見の池ジオサイトが近くにある。仕込み水は、酒蔵から早川沿いに上流に進んだところに位置する湧水を採水地としている。この湧水は、ジオサイトである月不見の池を形成しており、仕込み水とジオサイトの水が同じ供給源である。ここで示した2つの酒蔵の仕込み水は硬水という点で共通点があったが、姫川水系と早川水系と異なる水系であり、また属するジオサイトも異なる。 3.まとめ 糸魚川世界ジオパークにおける酒造業とジオパークとの関係を検討するために、ここでは仕込み水に着目して、その概要を記した。紹介した2つの酒蔵の仕込み水は硬水を使用していた。