抄録
チベット高原はインドプレートとユーラシアプレートの衝突により側方へと成長している.チベット高原北東縁のKumkol盆地はその隆起しつつある領域に位置しており,盆地内部には,多数の褶曲や断層によって構成されたほぼ東西伸張の複背斜構造を見ることができる.盆地の南にある東Kunlun山脈から北に向かって流れるPitileke He(Heは中国語で河の意)は先行谷となってこの構造を南北に貫いており,その両岸には多数の段丘面が分布している.これらの段丘には,複背斜構造の成長によって変形している様子が見られる.したがって,段丘面の形成年代を推定できれば,その形成過程とチベット高原北東縁における高原の拡大に関わる複背斜構造の成長速度を明らかにすることができる. ALOS衛星によって取得されたPRISM画像を使用してKumkol盆地内部の地形分類を行った結果,高位から順にT1からT6まで6面の段丘があることがわかった.また,複背斜構造の変動が高位の段丘面ほど累積していることもわかった.2013年2月から3月にかけて現地調査と,表面照射年代測定用のサンプル採取が行われ,T1面とT2面の2点から深度別に地下の段丘堆積物を採取したほか,22点から段丘面表層の砕屑物を採取した.堆積時の宇宙線生成核種(CRN)濃集量を十分平均化するために,礫ごとの測定を行ったサンプル以外は,50個以上の礫を破砕・混合してCRN濃集量を測定した.化学処理はAORIの横山研究室で行い,AMSによる10Be/9Be,26Al/27Alの測定は東京大学タンデム加速器研究施設(MALT)を使用した. 深度別サンプルのCRN濃集量の分布から堆積時の濃集量(Inheritance)と露出年代が推定できた.その結果,T1面の露出年代は178-430 ka,T2面は126-167 kaと推定された.また,10BeのInheritanceがT1面でおよそ4.5 * 105 atoms/gであるのに対し,T2面で3.5 * 106 atoms/gと一桁大きい値を示した.26AlのInheritanceについても同様の結果が得られており,T2面の堆積物に高位の段丘からの再堆積物が多く含まれていることを示唆する.そこで,T2面表層から採取した15個の礫について礫ごとのCRN濃集量を調べたところ,3つのクラスタがみられた.そのうち大きい濃集量を示す2つのクラスタの露出年代はおよそ190-250 kaと,T1面の露出年代と一致していた.この事実は,T2面にはT1面からの再堆積物が多く含まれることと,T1面の形成年代が190-250 kaの可能性が高いことを示す.堆積段丘面の形成時期は砕屑物が多く供給される氷期に対応すると推定されるため,T1面はMIS8,T2面はMIS6に形成されたものと推定される. 段丘面の年代から複背斜構造の最大隆起速度が見積もられる.T1面の現河床からの最大相対高度(約285 m)は,現河床の河床縦断面形がT1面形成時と比べて変化していない場合,隆起量とみなすことができる.T1面の年代(190-250 ka)から,隆起速度は1.1-1.5 mm/yrと求められた.これは,チベット高原北縁の地形的境界である本地域において,著しい変形と隆起が活発に生じていることを示している.