日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0507
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発表要旨
健康地理学と微地形環境
災害時の人間行動の時空間スケール
*岩船 昌起
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キーワード: 災害, 人間行動, 避難, BLS, 体力
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抄録

【はじめに】地理学では、自然地理学と人文地理学が並存し、研究対象を系統的に区分しながらも、時空間スケールで共通する現象については地誌学的に統合的な把握を可能としてきた。これは、地理学のみならず、現実に地表に分布する現象を研究対象とする諸科学についても適用できる方法論の大枠であり、事実、「微地形スケール」および地形単位(地形種)に係る概念については、植物や建物の分布等を説明する場合には適用できることから、「景観単位」に象徴される空間構造の土台の構築との係りで、植物生態学、林学、園芸や造園等の農学、都市計画等の建築学等で応用的に活用されてきた(松井・田村・武内 1990;菊池 2001 等)。 一方、自然災害は、地球の様々な外的・内的営力が人間の生命や財産に負の影響を及ぼす現象を示すものであり、地理学的な「自然と人間との関係」の枠組みの中で捉えることができる。自然災害と「微地形」との関係については、表層崩壊等の外的営力(≒地形形成作用)が発現する場所か否か、あるいは地震動との係りで建築物の立地に適した安定性を有するか否か等の評価もあるだろうが、本発表では、自然の動的な変化との係りで「生命の危険」が迫った場所から逃れる「避難行動」や救急救命での根幹に位置付けられる「BLS(一次救命処置)での行動」などの「災害対応行動」に注目し、人間の体力との関係から「(微)地形」が基盤となる環境(空間)の「規模」や「形(≒傾斜)」を考察する。【避難行動】津波から避難する場合、渋滞との係りから車を用いない「歩走行」が推奨されていることが一般的である。堤防を越えて市街地に流入した津波の進度の一例が「50mを約10秒」であったこと(岩船 2012)、また東日本大震災の津波等で命を落とした方の約65%が60歳以上であったこと(内閣府 2011)等を考慮すると、特に津波に直面した状況では相対的に走力が低い高齢者が犠牲となったと考えられ、体力の優劣は災害から身を守る上で大事な要素の一つであることが分かる。高齢者を始めとする体力的弱者では、若者に代表される体力的強者に比べて「水平的避難」でも単位時間当たりの移動距離が少なくなるだけでなく、「坂」や「階段」を移動する「垂直的避難」では筋力的・持久力的な面や「痛み」と係る機能的な面から上れない場合もある。一般に、車いす利用者が登攀可能な傾斜は、家の内外をつなぐ比高75㎝程度のスロープなどでは約4.6°(1/12≒約5%)、屋外のスロープでは約2.9°(1/20≒約8%)が最大となっており、シルバーカー(手押し車)利用者に移動の障害となる階段は、約7°(≒12%)以上の傾斜で設けられる傾向がある。また、体力的強者の40代男性による階段上りの実験からの垂直高で約15~25mで心拍数が多くなり「しんどさ」を感じ始めることを考慮すると、高齢者等の体力的弱者ではこの値より低い垂直高で「しんどさ」を感じて上れなくなる人も現れることが推測できる。従って、避難路での渋滞を防ぐために、登り口から垂直高約30mまでの道の拡幅や体力的強者による「お年寄り背負い隊」の編成等、ハード・ソフト両面での対策を講じる必要がある。【BLS環境】心停止等の重篤な傷病者に5分以内でAED(自動体外式除細動器)による電気ショックを施せる「安全域」は、傷病者発生地点からAED設置場所への往復に体力的強者が走行した場合、最大の範囲は水平距離が道のり350m弱で垂直距離約45mとなる(岩船 2010)。この安全域は、経路の屈曲や階段の分布、移動者の体力に応じてアメーバ形に小さくなるものの、連絡方法や移動手段等を工夫すれば範囲を拡大できる。移動手段の選択では、前述の傾斜との係りが重要であり、移動者の体力レベルにもよるが平均傾斜約5°以上の場所では、平地での運動効率が優れた自転車利用だけでは効果的に範囲を広げ難い。 従って、これらの傾斜等に係る経路の状況や「移動の障害」となる柵や階段等のBLS環境を予め把握しておく必要があり、それらを整理して地図等を作成する上では、「微地形」やより小さい「地形単位」が基礎的な情報として有用になる。筆者は、霧島市消防局による救急救命講習会等で活用できるようにBLS環境の情報が盛り込まれた「BLSマップ」を作成中であり、AEDを中心とした1㎞弱の範囲の地域における「共助」中心としたBLS体制の強化を図ろうと考えている。そして、この強化に係る日常的な検討を通じて突発的に生じる災害への地域での対応力(≒防災力)の向上につなげたい。なお、本研究は、科学研究費助成事業「基盤研究(C)」「BLS環境の定量的把握とBLSマップの作成(研究課題番号:23500831、岩船昌起)」の成果の一部を含む。

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© 2014 公益社団法人 日本地理学会
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