抄録
1.はじめに 近年の人工衛星による観測により,氷河や氷床の質量変化が,数年から数十年スケールで検出されるようになった.しかし,人工衛星技術によってさかのぼれるのはせいぜい20年程度であり,それより長期的な変動傾向はほとんど明らかになっていない.一方,空中写真撮影は衛星観測が開始されるよりも以前から行われており,これらを併用することで,より長期的な変動が検出できる可能性がある.日本は,1957年の国際地球観測年を契機に1956年から南極における科学観測を開始し,その当初から空中写真の撮影を断続的に行ってきており,過去半世紀にわたる蓄積がある.近年では,地球観測衛星「だいち」によるステレオ画像も昭和基地周辺で取得されている.そこで本研究では,空中写真と衛星画像という2種類のステレオペア画像からDEMを生成・比較することで,昭和基地周辺の南極氷床周縁部における過去32年間の氷床の表面高度変化・末端変動を検出することを試みた.2.データアーカイブ 本研究ではまず,国土地理院と極地研究所で保管されていた空中写真を発掘・整理した.その結果,撮影総数は10181枚であり,撮影年は1959年から始まり断続的に2004年まであった.撮影画像には斜め写真,垂直写真,ステレオペア画像があったが,これらのうち表面高度変化を解析するにはステレオペア画像が適しており,さらに多時期で比較できる地域は幾つかに限られる.それらのうち,本研究ではラングホブデ地域を解析対象に選定した.ラングホブデ地域で撮影された1975年の4枚と1991年の54枚の空中写真と,及び2007年の衛星画像2枚を用いて,ステレオ実体視モニターと写真測量用ソフトウェアからなるデジタル解析図化機によって,画像の実体視を行いながら3D地形データを取得・操作・編集を行った.そして,異なる時期のDEMを比較することによってラングホブデ氷河の変動を解析した.3.結果と考察 解析の結果,ラングホブデ氷河の末端位置は1975~2007年の35年間で406m後退し,表面高度は0.14±3.8m変化していることが明らかとなった.特に1991~2007年の変動についてみると,氷河の末端位置には変化はみられず,1.74±3.0m変化していた.したがって,氷河の末端位置は1975年から2007年にかけて大きく後退したものの,表面高度は定常状態もしくはわずかに増加傾向であったことになる.1930~1970年代のリュツォホルム湾の海氷は比較的安定で,1980年代以降に頻繁に流出したことが明らかになっており,これと氷河の後退とが関係している可能性がある.また,昭和基地での気温データからPDD値を算出すると,1970~1994年と比較して1995~2010年では大幅に減少しており,これが表面融解量の減少を引き起こしている可能性もある. 空中写真を用いて過去40年間に遡って多時期の氷床縁変動を解析する可能性が示されたが,未解析の空中写真も大量にあり,それら画像を用いて多時期かつ広範囲に比較することが今後の課題である.