抄録
南九州の鹿児島湾奥は,姶良カルデラによって構成されており,活発な火山活動が生じている地域である.この中にあり,桜島の1.2km北東方に位置する新島(燃島)は,桜島火山の安永噴火(西暦1779-1782年)の一連の火山活動によって,海底から隆起した特異な島である(小林,2009).この島(周囲1.5km)は,貝化石を豊富に含む堆積物が陸上で観察でき,最終氷期最盛期以降の鹿児島湾の古環境変化の知見がもっともよく得られることから,火山学的な関心だけでなく,古生物学的,環境変遷史的視点からも注目されてきた(鹿間,1955;平田,1964;奥野ほか,1998;亀山ほか,2005).最近では,地球化学的,微化石的分析による古環境解析もなされている(Kameyama, et al., 2008; Yamanaka et al., 2010), 報告者はこれまで南九州の後期更新世末以降における種々の古環境記録の統合化を進めるために,テフラ編年を基にして南九州の陸上,周辺海域の古環境・文化の変化をグローバルな環境変化と高精度で対比・編年すること試みてきた(Moriwaki et al., 2010).鹿児島湾の古環境変化をこのような高精度対比・編年に位置づけるためには,新島の堆積物の高精度編年を進める必要がある.これまで,新島の堆積物の編年は主に14C年代測定によってなされ,それは最終氷期最盛期以降の形成であるとされている(奥野ほか,1998;亀山ほか,2005;Yamanaka et al., 2010など).この堆積物の中にはテフラが見いだされているが(奥野ほか,1998など),それらの同定は十分ではない.また,最終融氷期前半の年代の知見はまだ少ない.ここでは新島で得られている鹿児島湾の古環境変化に高精度・高確度の年代軸を入れ,この変化を南九州やグローバルな高精度環境変化史に組み込むことを目指して,新島の堆積物のテフラの同定を行い, また新しく14C 年代資料を追加し,その意義を検討する. テフラ:これまで,海成堆積物中に介在する未同定のテフラにS-AP,S-BPと呼ばれる2枚の降下軽石がある(奥野ほか,2005).このテフラは,厚い水中火砕流堆積物-燃島シラス(鹿間,1955)とか新島軽石(Kano et al., 1996),州崎軽石(亀山ほか,2005)と呼ばれている-の上に載るシルト堆積物(燃島シルト,亀山ほか,2005)の中に介在する.下位のS-APは層厚20cmで,この上位2.4mにあるS-BPは層厚10cmである.今回は,これらの軽石の火山ガラスの化学組成を求めて,標式地のテフラとの対比を行った.分析には鹿児島大学自然科学教育研究支援センター機器分析施設の波長分散型電子プローブマイクロアナライザーを使用した. その結果,S-AP,S-BPの主成分のwt%はそれぞれSiO2 73.08,74.61,Al2O3 14.65,13.80,TiO2 0.47,0.43,FeO 2.46,2.20,MnO 0.09,0.09,MgO 0.55,0.45,CaO 2.48,2.03, Na2O 3.36,3.42,K2O 2.88,2.97が得られた.この値は桜島火山由来のテフラの値の範囲内にある.詳細に見ると,S-APとS-BPとはその組成に差異があり,S-APの組成は桜島-高峠3(Sz-Tk3,10,600 cal BP, Moriwaki, 2010)S-BPのそれは桜島-上場(Sz-Ub,9,000 cal BP, Moriwaki, 2010)に類似することから,S-APはSz-Tk3, S-BPはS-Ubに同定される. 14C年代:14C年代試料は炭化木片で,燃島シラス(州崎軽石)の上位2.2mに堆積する厚さ90cmの軽石層中から採取された.その年代は12973~12732 cal BP (PLD-25401)である.その中央値12,900cal BPはこれまでこの試料の層準付近で得られている年代(約17,700 cal BP)やその上位の年代(Nakayama, 2010)とあまり整合しない.今後の検討課題である. 今回のテフラ同定は,新島で知られる鹿児島湾奥の古環境変化の編年をより高精度なものにし,さらにこれまで求められてきた周辺の沖積低地の変遷,南九州の文化編年との高精度対比を可能とする.