抄録
自然資源に依存して暮らす人びとが多いアフリカにおいて、資源の減少は生活に直結する深刻な問題である。特に、政治・経済システムが不安定な地域では、人びとの資源へのアクセスや利用の仕方は、マクロ・ミクロレベルでの様々なイベントに左右される。そのため、持続的な資源利用の枠組みを構築していくためには、自然環境だけではなく、社会の動態を注視していくことが重要となる。 本研究では、ジンバブウェ・カリバ湖の漁業資源に関して、国家レベルでの政治・経済変動と、ローカルレベルでの人びとの応答との関係に注目する。ジンバブウェでは、独立以降、現政権が白人-黒人間の経済格差の是正を目指してきた。2000年の土地改革に見られるように一部強行的に、経済の「現地化」を進めてきた。この流れの中で、カリバ湖の漁業においても白人事業者から黒人事業者への漁業権の再分配が行われた。本研究では、この再分配のプロセスを、漁業に関わる人びとの生活やアクター間の関係性の変化に注目して明らかにし、その結果として資源利用にどのような変化が起こってきたのかを考察する。
調査はジンバブウェ共和国マショナランドウェスト州に位置する都市カリバにて、2013年6-8月、11-12月に行った。調査地はカリバ湖の沿岸に位置している。カリバ湖では、カペンタ(Limnothrissa miodon)と呼ばれるニシン科の小魚が主要な商業漁業資源であり、現地の人びとの重要なタンパク源になっている。本研究では、カペンタ産業を対象として関連事業者への聞き取り調査を行った。また、漁業ライセンスや違法行為を取り仕切るジンバブウェ国立公園・野生動物保護庁における聞き取り調査と資料収集を行った。
カペンタの商業漁業は1970年代半ばから本格化した。カペンタ漁は、漁船などをはじめとする初期費用が高いため、独立以降も1980年代前半ごろまでは事業主体のほとんどが白人であった。政府は、経済機会を黒人層にも広げようと協同組合の結成を奨励し、1980年代後半に黒人事業主らは組合という形で参入し始めた。しかし、資本力に勝る白人企業が漁船数を多く持つという構図は、1990年代に入っても変化しなかった。 1990年代後半から、カペンタ産業でも「現地化」の機運が高まっていた。2000年以降、白人農家の土地を強制的に収容するという土地改革の動きが高まるなかで、漁業ライセンスを白人事業者から剥奪し、黒人側に分配するという再分配が実行された。 再分配により、既存の協同組合や、個人起業家、退役軍人や役人などが新たに漁業ライセンスを与えられた。しかし再配分の恩恵を受けた多くの人びとは、漁船を作る資金力が不足していたため、ライセンスを一時的に他者にリースすることよって資金を蓄えるという措置が取られるようになった。 ライセンスのリースが可能になったことで、従来よりも参入が容易になり、利害関係の異なる多様なアクターが乱立するようになった。アクターの多様化は、組織力の低下、禁止・違法行為の頻発、それにともなう漁獲量の低下、といった弊害を引き起こし、さらに参入・退出が頻繁に起こるという悪循環を生みだしていた。そのため、現在のカリバ湖の漁業資源利用は、政策の変化やそれに呼応する人びとの生計戦略、アクター間の関係性の変化といった様々なレベルのイベントの連鎖のもとで成り立っていると考えられる。