日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0502
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発表要旨
植生研究における微地形の重要性
*若松 伸彦
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抄録

1.植生研究における微地形
植物は地表の上に生育しているため、地形地質環境との関係は密接であることから,これまで様々な研究成果が示されている.特に「地表面の起伏形態」である地形は,風,気温,積雪分布といった微気候,斜面物質の移動による攪乱などが総合的に作用して植生分布に強く影響している.そのため,地形因子の一部である斜面傾斜や標高だけをもって地形的要因と解釈し,植生-地形の関係を示したとしても,実際には植生-地形の因果関係が判然としない恐れもある.したがって,ある地域の植生の成り立ちを理解するためには,扱っている「地形」が何かを慎重に検討した上で,その成り立ちや形成メカニズムまで把握することが必要である.しかし,実際には斜面傾斜やラプラシアンなど一部の地形因子のみを取り上げての地形と植生および植物種の分布との関係性を述べている研究は後を絶たない.
ある一定の範囲で植物種の出現傾向が一様であるとされる植物群落は植生の基本単位と言える.この植物群落の分布範囲は,「微地形」単位との相関がよいとされる.植物群落と微地形については,Tamura(1969)によって記載された微地形単位,いわゆる「田村の微地形分類」を引用し,適用されることが多い.菊池(2001)は「田村の微地形分類」は,植生の分布を説明する上で有効な地形分類であるとしている。特に,上部谷壁斜面と下部谷壁斜面の間に存在する遷急線の後氷期解析前線の上下では,植物群落の組成が劇的に変化することを述べている.後氷期解析前線の上下では,土砂移動の多少が大きく変化するため,生理的な要因以外にも直接的に植物の分布を規定する要因となっているためである.
しかし,実際に植生研究では,斜面上の位置関係だけをみて,「田村の微地形分類」をそのまま使用しているケースが多い.一方で,単純に植物群落-微地形の関係は重ね合わせを行うだけでは,その場に生育している植物の生活史や生理的な知識が無ければ,その対応関係のメカニズムを明らかにしているとは言えないという側面もある.

2.木本種の分布を微地形で議論する困難さ

実際に微地形-植物群落のメカニズムを明らかにするためには,様々な要因を同時に検討する必要があるため難しい.特に,個体サイズが大きく寿命の長い木本種の分布を考える場合,様々な問題に直面する.木本植物は,発芽直後の実生や稚樹の段階では,その生育は微細なものから大きなものまで様々な現象の影響を受けるが,成長するに従って,より低頻度で空間スケールの大きな現象に影響されるようになる.生活史のどの段階かによって,その生育規制要因が異なるため,ある樹木種の分布要因を理解するためには,その立地がもつ環境要因をスケールごとに整理して理解しなければならない.更に,対象種の種子散布や受粉制限など,植物の空間分布そのものが種の分布の規定要因となっているケースもあり,問題を複雑にしている.

3.草本種の分布と微地形の関係
一方,草本種の分布と地形の関係を議論する場合は,時空間スケールはよりコンパクトになる.生活環の短い草本種は,木本種のような成長段階の違いによる時空間スケールの変化を考える必要が無いため,一見すると単純化して議論できるように見えるが,その草本種でさえ,同一の場所に生育している種の分布規定要因は全て同じであるとは限らない.しかし微地形区分はある特定の要因だけでなく,様々な環境要因を包括的に議論した結果であるとすれば,草本種の分布を説明するツールとしての微地形区分は有効なアプローチとも言える.

4.植生-地形を理解するためには?
植生は木本種と草本種の集合体であるため,植生-地形の関係をメカニズムも含めて明らかにするのは気が遠くなるような作業と言える.しかし,少なくともその場の微地形区分を行うことは植物群落の分布を説明する上では有効な方法であることは間違いない.そのため,地形を正しく評価することができる地形学者と,植物の生態を研究する植物生態学者がお互いの分野を理解した上で,取り組む必要がある.今後,このような研究が進むことで,今までに明らかに出来なかったより立体的な,メカニズムを含めた植生-地形の関係がより明らかになることが期待される.

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© 2014 公益社団法人 日本地理学会
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