日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 512
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発表要旨
インドにおける溜池とその現状
*南埜 猛
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抄録

1.はじめに モンスーンアジアの稲作地域では,降水の総量や季節的・経年的な偏在性を補うために,さまざまな灌漑手段が用いられてきた。そのなかで溜池は古くから用いられてきた手段であり, 1000年以上の歴史を有するものもある。20世紀においては,ダムを用いた大規模な水利開発が展開し,灌漑面積の増加ならびに食糧生産の安定と増産に大きく寄与してきた。1980年代後半以降,ダムならびに大規模な水利開発への批判がなされ,持続的な発展を視野に入れた水利開発や水利用のあり方が求められるようになっている。本研究は,インドの溜池について,日本の溜池との比較ならびに技術や文化の伝播を視野に入れて検討するものである。発表では,2013年9月にインドのタミル・ナードゥ州で実施した現地調査ならびに現地で収集した文献・資料と関連研究者との意見交換の成果を報告する。
 2.インドとタミル・ナードゥ州における溜池の位置 インドにおいては,人口増加や食糧需要の増加などを背景に,今後もさらに水需要の増加が予測されている。水需要の増加への対応の一つとして,ヒマラヤ水系などの水資源の余裕がある河川の水を半島部の河川に送る河川連結(流域変更)構想が検討されている。また流域内の水資源を適切に管理することで有効水資源の創出と無駄な水使用の排除を図る流域水管理を推進するなどの方策も模索されている。その議論のなかで,溜池についても注目がなされている。灌漑ならびに溜池の現状を統計からみると,インドにおける灌漑面積は独立後の1950/51年度の2085万haから2010/11年度には3倍以上の6360万haへと増加している。灌漑手段別にみると,井戸灌漑が61.4%(2010/11年度)を占め,中心的な役割を果たしている。用水路灌漑は1990 /01年度までは増加してきたが,その後は減少し,その割合は24.6%(2010/11年度)である。溜池灌漑は面積でみると,1950/51年度から1960/61年度までは増加したが,その後は一貫して減少しつづけており,2010/11年度には200万haと1950/51年度の2/3以下となっている。灌漑全体に占める割合も17.3%(1950/51年度)から3.2%(2010/11年度)となっている。地域別にみると,南インドに溜池灌漑の割合の高い州がある。その中で,タミル・ナードゥ州は溜池灌漑の占める割合が最も高い。そのタミル・ナードゥ州では,かつて溜池灌漑は灌漑全体の38.0%(1960/61年度)であり第一の灌漑手段であった。しかし2010/11年度には井戸灌漑が55.7%を占め,溜池灌漑は18.3%にまで低下している。数でみると,インド全国には約20万の溜池があり,南インドのアーンドラ・プラデーシュ州,タミル・ナードゥ州,カルナータカ州の3州で全体の6割を占めている。タミル・ナードゥ州では,溜池の灌漑面積は減少しているものの,溜池の数は,独立後1960年代前半までは急激に増加し,その後も緩やかに増加を続けている。 
3.インドの溜池の特徴と管理 インドの溜池の歴史は古く,4,5世紀に築造されたとされる溜池もある。1880年代にイギリスにより溜池台帳が作成され,そこには溜池が多く存在していることが記録されている。タミル・ナードゥ州の溜池は,日本の溜池と比べて,堤高が低く,堤長が長いのが特徴である。集水形式でみると,単独の集水域のみの溜池と河川や上流の溜池とつながった溜池(システムタンクと呼ばれる)がある。溜池と受益地の関係は,1村1池が基本となっている。イギリス統治時代以前は,村や地主による溜池の管理がなされてきた。イギリスによる新しい徴税制度の導入にともなって,溜池管理に政府の機関(PWD=Public Work Departmentなど)がかかわるようになった。独立後もその制度が引き継がれている。タミル・ナードゥ州では,システムタンクならびに受益面積が40ha以上の溜池は政府管理であり,受益面積が40ha未満のものは地元自治組織の管理が原則となっている。 
4.インドの溜池をめぐる今日的課題と対応 緑の革命の進展と溜池灌漑面積の低下は軌を一にしており,緑の革命は,結果として溜池ならびに灌漑手段に大きなインパクトを与えた。井戸灌漑への移行,溜池管理体制の弱体化,堆砂問題,溜池貯水量の減少,溜池底地の不法占拠などが一連の悪循環となって,溜池灌漑面積の低下を招いている。そのような現状に対して,タミル・ナードゥ州政府やEC(現EU)などの外国支援による改善プログラムの実施がみられる。また溜池の灌漑機能だけではなく,溜池の地下水涵養機能や生活環境としての溜池を評価する動きもある。
 (本研究は,平成25年度文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(C)「溜池を軸とする持続的な地域づくりと溜池学の創造」(研究代表者:南埜 猛,課題番号24520889)による研究成果の一部である)

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