日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 618
会議情報

発表要旨
石狩低地にみられる三日月湖の過去数百年の古洪水記録
*石井 祐次堀 和明
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
はじめに 近年,同位体科学などの進歩とともに古環境研究が大きく進展し,世界各地で完新世の古気候復元がおこなわれ,太陽変動などに起因する大気・海洋循環の変化と気候変化との関係が明らかにされてきた.日本の降水量変化は主に東アジア夏季モンスーン(East Asian summer monsoon: EASM)に支配されており,その強度はエルニーニョ・南方振動(El Niño-Southern Oscillation: ENSO)の影響を強く受ける.しかし,日本における完新世,とくに過去数百年の詳細な古環境変動を復元し,同じEASM地域である中国などの古環境プロキシと対比して古気候変化について議論した例は少ない.本研究では三日月湖の堆積物と実際に観測された降水量との対比をおこない,その妥当性について検討する.さらに,観測記録のない過去数百年の古洪水を復元し,広域的な気候変化との関係について議論する. 
方法 石狩低地にみられる三日月湖(菱沼および月沼)においてHS(掘削長13.5 m)コアとTK(掘削長11.8 m)コアを採取した.両コアについて,乾燥・湿潤重量計測(2 cm間隔),粒度分析(2 cm間隔),強熱減量測定(LOI:Loss On Ignition,2 cm間隔),放射性炭素年代値測定,137Cs測定(4 cm間隔),テフラの同定をおこなった.三日月湖底堆積物の粒度は洪水流の強さに依存すると予測される.強い洪水流は高強度の降水が長時間持続することでもたらされる.長期的な記録が得られている札幌と旭川における各年の日降水量の最大値と粒度とを比較することで,上記の解釈について検討し,洪水規模の変化を復元する.さらに,HSコア,TKコアの粒度の中央値について,中国の石筍のδ18O(降水量の指標,Zhang et al. 2008: WX42B)との比較をおこない,アジアモンスーン域における過去数百年の気候変化について議論する. 
コアの特徴 HS,TKコアの最下部(HS: 13.5-10.0 m: TK: 11.8-10.8 m)はともに旧河床の砂礫から構成される.HSコアの深度10.0-9.2 mは下位から有機質層,極細粒~細粒砂層から構成され,これよりも上位ではシルトおよび粘土層となる.TKコアは深度10.8-5.0 mは主に砂泥互層から構成され,深度10.1-10.0 mに有機質層を挟在する.深度5.0 mより上位は粘土層となる.TKコアからは深度10.3 m,10.0 m,5.2 m,4.2 m,3.3 m,2.4 m,1.6 mの7点,HSコアからは深度9.0 m,8.6 m,6.6 m,3.5 m,2.5 m,1.3 mから6点の年代値が得られた.HSコアの深度80 cm,TKコアの深度93 cmにおいてそれぞれ137Csのピークがみられ,この深度が1963年に相当すると考えられる,また,TKコアの深度1.8 mにみられるテフラは,Ta-a火山灰(1739年)に対比される可能性が高い.年代値が逆転するために再堆積であると解釈されるものを除き,各年代の1σの中央値,137Csのピーク,Ta-a火山灰を用いて堆積速度を求めた.両コアともに,粒度の粗粒化にともないLOIが低下するという関係が全体的にみられる.ただし,HSコアにおけるLOIと粒度はともに1920年頃以降に増加傾向を示し,上記のLOIと粒度との関係が変化する.また,TKは1960年代頃に粒度変化はあまりない一方で,LOIには急激なピークが認められる.このようなLOIの増加は,農地耕作や排水路建設にともなうものであると解釈される.
洪水規模変化の指標としての粒度 札幌と旭川における1883~2010年の各年の日降水量の最大値(mm/day)については3年移動平均値,粒度についてはHS,TKコアともに3点移動平均値を用いて,両者を比較した.過去約100年間において,札幌における降水量と粒度の変化はおおむね対応し,降水量が多い時期には粒度が粗粒化する傾向がみられる.また,WX42Bのδ18Oの過去数百年の変化とHSコアやTKコアの粒度変化も比較的良く対比できる.したがって,HS,TKコアの粒度は古洪水の強度を大局的に反映する可能性がある.しかし,詳細な対応関係については不明瞭である.一方で,古洪水の強度をある程度反映していると考えられ,大局的にはWX42Bのδ18Oの変化とも一致する.したがって,洪水規模変化,降水量変化,EASMとの関係について議論できる可能性がある.
著者関連情報
© 2014 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top