日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 122
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発表要旨
ヒマラヤ山麓の学校における防災教育実践
斜面・土石流災害を対象として
*村山 良之八木 浩司
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抄録

1. 2012年土石流災害と本実践の目的
2012年5月5日,アンナプルナ連峰のセティ川沿いで大規模な土石流災害が発生し,72名が死亡または行方不明となった。標高7,000m以上のアンナプルナⅣ峰直下で発生した岩盤崩落は,岩屑なだれ,土石流へと変化して60km流れ下った。発生当日は快晴であり,土石流が迫っていることを下流川の住民は認識できなかった。被災したのは,好天下の河床で採石,採砂の作業者,農耕用家畜を水浴させていた農民,河床に作られた温泉に入浴中の旅行者であった。八木らは聞き取り調査から以下を明らかにした。
高台にいて被害を免れた山麓部の住民は,土石流が来る30分前頃(崩壊発生時刻頃)から,山の方からの振動や爆音,煙状の雲の発生,冷たい風の吹き抜けなど様々な異変に気づいていた。しかしそれらが何わからず,土石流を見てやっと認識するに至った。
地変を目撃した観光遊覧飛行パイロットは,空港管制官に通報し,管制官は地元のFMラジオ局に連絡した。大崩落発生から1時間後に土石流が到達したポカラ市では,そのFMラジオ局が避難勧告を出したことで,犠牲者をかなり食い止めることができたようだ。
地変発生から時間的余裕の少ない大ヒマラヤ山麓部では,住民自らが予兆としての異変に気づき,迅速かつ適切な判断と避難行動を導く知識の普及が必要である。防災教育がこのような災害から命を守るための鍵であることが,明らかになった。
災害に対して脆弱な子どもは,防災教育の対象として重要である。大雨や地震にともなって高頻度で発生する土砂災害だけでなく,静穏時における低頻度だが大規模な災害を見据えると,次世代への継承も視野に入れた,子ども対象の防災教育が必要であり,学校の防災教育支援が重要であると考える。
本実践の目的を,児童が以下のように現象を正しく理解し適切な防災行動ができるようになること,とする。①地すべり,崖崩れ,土石流などの誘因として,豪雨,地震があることを理解し,普段より強い雨や地震の際には急な崖や川筋から離れる。②大雨や地震でなくとも山岳域で崩壊が発生すると土石流となって下流を襲うことを理解し,異様な振動,音などを察知して高台などに避難する。
2. 実践の準備と工夫
2012年10月,発表者らは,土石流災害のあったセティ川沿いのカラパニKarapaniにある学校(Shree Annapurna Lower Secondary School,以後アンナプルナ小中学校とする)と,その西隣のモディ川沿いのセラベシ村(ナヤプールの対岸)の学校(Shree Navajyoti Tham Secondary School,以後ナヴァジョティ中学校とする)を訪問し,児童への土石流災害からの回避に関する防災教育を実施したい旨を伝えて,快諾をいただいた。
2013年9月,八木が両校を訪問して日程を確定し,上級学年対象については,NPO法人ネパール治水砂防技術協会のプロジェクトとして,下級学年は発表者らが行うこと等を確認した。
2012年災害を踏まえた上記の目的,対象児童の発達段階,学校の事情を勘案して,土砂災害とそれからどのように逃れるかを示す「紙芝居」と,土石流災害と地すべりの様子を示す「パラパラマンガ」を作成することとした。  紙芝居ののシナリオを発表者らが作成した後,山形大学マンガ研究会に作図を依頼した。その際に,頂部が白い急峻な山,麓の家とバナナ,当地の学校の制服を模した服装等を描いて,子どもたちに身近な話題と感じてもらうようにした。試作段階において複数回の協議を経て,作画を完成させ,また山形大学大学院教育実践研究科の院生諸君(修士1年)から助言を得て改善を重ねた。これをネパールに持ち込み,トリブヴァン大学地質学教室の学生とともにネパール語に訳して,紙芝居の裏に書き込んでもらった。
3. 実践の成果と課題
2013年10月21日アンアプルナ小中学校,22日ナヴァジョティ中学校で,紙芝居による授業を,上記学生を授業者として,行った。
土砂災害という子どもにとって難解と思われる現象およびそれへの対処法について,マンガ絵の紙芝居という親しみやすい教材を用いて,さらにネパール人女子学生によるやさしい言葉での問いかけによる授業によって,子ども達は授業に集中できた。このことは,子どもたちの行動や表情,さらに22日の実践で描いてもらったまとめ(感想)の絵等から,明らかである。(まとめの絵については,さらに分析を進める必要がある。)また,両校の校長先生からは,防災教育の必要性を感じながらもどのように伝えるかわからなかったが,本実践が参考になったこと,提供された教材を今後の教育に利用したい旨,おうかがいした。
単発のイベントにとどまらず今後も継続すること,他の学校に広めることが,今後の課題である。

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