日本地理学会発表要旨集
2014年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 524
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発表要旨
産業遺産によるまちづくりに関する研究
群馬県桐生市桐生地区を事例として
*呉 鎮宏
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抄録
近年、まちづくりの資源として産業遺産が注目されている。産業構造の変化によって、地域の基幹産業が打撃を受け、それによって地域の景観が大きく変化したことを背景に、産業遺産によって代表される地域の歴史や景観を守っていきたいという意識が生じ、産業遺産保存の動きが出てきたのである。加えて石見銀山の世界遺産登録をきっかけに、産業遺産の観光資源としての役割も脚光を浴びている。<BR>それに連動し、産業遺産に関する研究も近年増えてきている。しかし、従来の研究が取り上げた地域は中核企業を有した鉱工業地域であり、中小工場が集積した地域における産業遺産とまちづくりとの関わりを論じた研究は管見の限りまだ多くはない。そこで本研究では中小工場が集積した地域における産業遺産によるまちづくり活動の展開と課題点について考察する。対象地域は、1992年に産業遺産を活かしたまちづくりを進めようと「近代化遺産拠点都市」を宣言した群馬県桐生市桐生地区である。<BR> 群馬県桐生市桐生地区は江戸時代以来、後背地の養蚕業を背景とした織物の町として発展してきた。特に、輸出用織物の大量生産によって活況を呈した明治から昭和年代に建築された織物産業関連の建築物や鋸屋根工場が現在も残っている。<BR> 近年、それらの建築物が織物産業で反映した町の歴史を伝える遺産として認識されるようになり、地域資源として見直されるようになった。そのきっかけは群馬県教育委員会が1990年度・1991年度に実施した群馬県近代化遺産総合調査で、桐生地区における織物生産現場としての鋸屋根工場とその関連建築物が文化財として価値づけられた点にあり、1992年には市議会が「近代化遺産拠点都市宣言」を採択している。<BR> これらを受けた市は市内に残る歴史的建築物の詳細な調査を行い、織物に関わる商家の町並みが残る本町地区の伝建地区指定を目指したほか、特に歴史的価値の高い建築物について市が譲り受けて保存活用をし、また鋸屋根工場の利活用などを進めている。<BR> 商家の町並み保存に関しては、すでに伝建群保存地区という枠組みがあったため、行政が関わりやすく、市は地域の合意形成のため主導的な役割を担っていくことができた。更に2012年に重伝建指定を達成した。<BR> 一方、商工会議所は1996年のファッションタウン構想の中に産業遺産を組み入れ、まちづくりの資源と位置付け、更にファッションタウン桐生推進協議会(以下FT桐生)を設立し構想を推進していく中で鋸屋根工場の保存活用についての活動も行ったが、工場の消滅が絶えない。調査によると、桐生地区で1989年に312棟あった鋸屋根工場は、2004年には237棟とり、その後も減少している。<BR> この鋸屋根工場の消滅に歯止めをかけ、まちづくりに組み入れていくには、工場の利活用が必須である。桐生地区では、工場をベーカリーカフェに生まれ変わらせた例や、飲食店、美容室、ワインセラー、アーティスト工房などの活用事例がある。ただしそれ以外の残存する鋸屋根工場の利用実態は駐車場や倉庫がほとんどであり、所有者が活用を希望する場合でも、賃貸希望者とのマッチングが順調に成立しているとは言い難い。<BR> これら課題を解決していくため、桐生で現在期待されているのが産業観光である。2008年に、保存された産業遺産をつなぎながら桐生地区の歴史を観光コースとして提示する方向性が模索され、桐生市出身の定年退職者を中心に「桐生再生」というNPO法人が設立された。桐生再生は、主に市内のボランティアガイドツアーを行っている。観光コースは桐生地区の重伝建地区や周辺の鋸屋根工場を巡るもので、設立年度のツアー参加者は89人で、2012年度には789人となった。<BR> 以上を踏まえて考察すると、桐生市の産業遺産によるまちづくりについて以下が指摘できる。<BR> ①産業遺産はもともと生産の場であり、その役割を終えると存在価値を失ってしまう。桐生地区では、市の調査活動と文化財登録制度の活用によって、桐生地区における織物産業遺産のコンテンツとなる建造物が地域資源として市民に認識されるに至った。更にFT桐生の活動によって、残った工場が転用されることで保存に至る事例も出た。これは市とFT桐生が努力した成果といえよう。一方で、これは工場単体の保存活用事例であり、直接的な経済的支援策が欠けていたこともあって、全体として工場の減少には依然歯止めがかかっていない。<BR> ②桐生地区のまちづくりが個別の保存活動に終始し横断的な取り組みへ繋がってこない点が課題であったが、近年、桐生再生が残された産業遺産を観光ルートとして結ぶことによる産業観光事業に取り組んでおり、この取り組みはまちづくりの課題を補うことのできる活動であるといえる。
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© 2014 公益社団法人 日本地理学会
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