抄録
はじめに
函館平野周辺の活構造に関する研究は「函館平野西縁断層帯」に関連して数多い(太田ほか 1994;楮原ほか2012など).また,沿岸部の海成段丘に関する研究蓄積も豊富である(宮内・八木 1984など).これらによると,函館平野とその西方の上磯丘陵とは,西上がりの逆断層によって境されており,断層の平面トレースや活動度などが明らかにされている.一方,平野東部の亀田山地側に関しては複数段に分けられる海成段丘の分布とそれらの形成年代が推測されているにすぎず(瀬川 1980;貞方 1995;小池・町田編 2001など),長期間の地殻変動が検討されるにとどまっている.函館平野東部では,かつて確実度Ⅲ活断層の存在可能性が示された(活断層研究会編 1991)が,上記のように海成段丘の編年と広域的な地殻変動に関する議論を除いては,その後の詳細な研究成果に乏しい.活断層の発見にとっては,それがこれまでに活動を繰り返してきた痕跡としての「変位地形」を丹念に抽出していくことが最も重要である.例えば,横ずれ断層の認定・評価においては地形的な証拠に対する依存度が特に高い.本研究では,変動地形学の観点から,未知の活構造,とくに活断層の存在可能性を探るべく,函館平野東部において調査を実施した.
研究対象地
前記のとおり函館平野東部には複数段の段丘が発達し,Toyaを載せる日吉町面(MIS5e)の上位には,さらに2段の明瞭な段丘(中位段丘,赤川段丘などと総称される)を認めることができる.これらの段丘の形成年代は直接得られていないが,比較的明瞭な汀線アングルと地形層序から,MIS7およびMIS9に形成された海成段丘とみられる.このうち,MIS9に形成されたと考えられる段丘面の分布はMIS7のものに比べて広い.
方法
本研究では,地形図と空中写真判読による段丘面区分図の作成,水系図の作成,大縮尺図(2500分の1)および5mまたは10mメッシュDEM(国土地理院の基盤地図情報)を用いた地形断面図・投影断面図の作成,現地踏査により,複数の断層変位地形を認定した.
結果と考察
MIS9の段丘を縦断(南西)方向に刻む複数の河谷において,系統的な左横ずれが確認された.これらの横ずれがみられる上流側および下流側の区間は直線的な谷が形成されており,河谷の横ずれは左横ずれの断層変位によるものと解釈できる.この推定断層の走向はN40—50Wであり,広域応力場からみても断層の存在は否定されない. 上記のMIS9の段丘を刻む河谷の横ずれがみられる付近(推定断層の通る位置)では,南西方向に傾下する段丘面上の数カ所で局所的な逆傾斜がみられた.ただし,段丘面全体としては投影縦断面から推定断層を挟んでの上下変位はほとんど認められない. 推定断層の北西側延長部では,2つの鞍部が認められ,MIS9段丘よりも古い段丘が「閉塞丘」として残存する. 一方,推定断層の南東側延長部では,海成段丘と亀田山地とが著しい直線性をもって接する.さらに南東では石崎宮の川と白石川の上流区間へと連なる.両河川は接峰面の最大傾斜方向である南西方向に流下する必従河川であるが,上流部は推定断層の走向と調和する西北西方向の流路を持つ.すなわち,谷口に至ると流路の向きがほぼ90°転向し,河系異常を思わせる.また,石崎宮の川の屈曲部には風隙(谷中分水界)が形成されており,ここでは著しく風化した礫層が見いだされることから,河川争奪が生じたと考えられ,その原因の一つとして断層活動による横ずれ変位の累積を想定できる.以上により,函館平野東部には少なくとも中期更新世以降に活動した横ずれ成分が卓越する断層が存在すると推測される.
〔文献〕太田ほか(1994)第四紀研究,33,243-259.楮原ほか(2012)活断層・古地震研究報告,12,1—43.小池・町田編(2001)「日本の海成段丘アトラス」東京大学出版会.活断層研究会編(1991)「新編日本の活断層−分布図と資料−」東京大学出版会.貞方(1995)平成5・6年度北海道教育大学特定研究報告書「函館周辺における後期更新世以降の自然環境変遷」,1―7.瀬川(1980)「函館市史通説編第1巻」函館市,13―40.宮内・八木(1984)地学雑誌,93,285—300.
〔謝辞〕大縮尺図の入手・利用に際し,函館市役所都市建設部の方々に便宜を図って頂いた.本研究の実施にあたり,明治大学人文科学研究所個人研究費(2014年度)を使用した