抄録
これまでに多くの地学現象に対して,規模−頻度分布の特性が調べられている.そのうちの最も著名なもののひとつに,地震の規模−頻度分布法則(グーテンベルク−リヒター則)がある.また,地すべり,斜面崩壊,土石流などのマスムーブメント一般に関しても,そうした土砂移動現象の規模として面積の常用対数をとることにより,指数分布で表現可能な規模−頻度分布特性が見出されている(Ohmori and Hirano 1988;平野・大森 1989;Hovius et al. 1997; Guthrie et al. 2008など多数).つまり,大規模な現象は数が少なく,一方で小規模なものは数が多いという,地球表層にみられる地形プロセスが示す一般的傾向のひとつであることが指摘されている.
上記の観点から,本研究では岩屑なだれが形成する「流れ山」を対象に,その規模−頻度分布特性を検討した.流れ山は,火山体などで起こる巨大山体崩壊によって発生する岩屑なだれの堆積面上に形成される小丘状の地形のことである.流れ山は,基本的には山体を構成していた一部が「岩屑なだれブロック」として芯部をなすことによってできる起伏とみなしうる.一般には,流れ山は岩屑なだれの流走にともなってサイズを減じていくことが知られており,それは,岩屑なだれブロックの縮小と「岩屑なだれマトリクス」の増大の過程を同時にみているものと理解される(Yoshida et al. 2012).
本研究では計17事例(日本の16岩屑なだれとフィリピンの1岩屑なだれ)を対象に,流れ山の規模(面積により代替)と頻度(累積個数)との関係を調査した.その一例を図に示す.すなわち,両者の関係は指数分布,
log10N(x)=a-bx (1)
によってあらわされることが明らかとなった.ここで,N(x)はxと等しいかそれ以上の規模の流れ山の累積個数であり,xは流れ山の面積Aの常用対数値(log10A)のことである.aおよびbは定数であり,図に示す有珠火山・善光寺岩屑なだれの場合,a=6.73,b=1.20となる.本研究では,上記のとおり全ての流れ山は元来「単一の山塊(山体の一部)」を起源とすると考えられること,ならびに,岩屑なだれの流走が続く限りは,理論的には,流走にともなって流れ山を形成しうる岩屑なだれブロックは縮小してゆき,やがては起伏をなさなくなると考えられること,の両点をふまえ,頻度が急激に減少する両端(最大規模および最小規模のデータ)のうち,最小規模の流れ山のみを回帰の対象から除いた(図の例ではx ≤ 3.3).
今回対象とした事例からは,流れ山の規模−頻度分布特性を示す回帰線の傾き(b値)は,次のように意義づけられる.つまり,それが岩屑なだれの流走にともなう流れ山(またはその芯部となりうる岩屑なだれブロック)の縮小過程を具体的に反映したものであり,山体崩壊に始まり,岩屑なだれとして移動・定着していく時間軸上の,山体の破壊プロセスをあらわすという点で地形学的に重要である.本研究で取り上げた事例においては, b値はほぼ1~2の範囲内にあった.これは,例えば赤石山地の地すべり地形の場合(1.4<b<2.4;Sugai et al., 1994)やグーテンベルク−リヒター則(b≒1.0)などとは異なる.
現時点では全体的傾向を捉えたに過ぎないが,今後,事例によってばらつくb値の規定要因を検討し,上記の地形学的意義をより明確にしたい.
〔文献〕Guthrie, R.H. et al. (2008) Landslides, 5, 151-159. 平野・大森(1989)地形,10,95-111. Hovius, N. et al. (1997) Geology, 25, 231-234. Sugai T. et al. (1994) Trans. Japan. Geomorph. Union, 15, 233-251. Ohmori, H. and Hirano, M. (1988) Zeit. Geomorph. N.F., Suppl. Bd., 67, 55-65. Yoshida, H. et al. (2012) Geomorphology, 136, 76-87.
〔謝辞〕本研究の実施にあたり,明治大学2014年度若手研究による助成を受けた.