日本地理学会発表要旨集
2015年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1306
会議情報

発表要旨
地域間の経済格差と貧困の動向
*浦川 邦夫
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
わが国では、バブル経済の崩壊以降のデフレ経済のもとで、(1)雇用者の賃金水準の低下、(2)高齢者をはじめとした様々な階層での生活保護受給者の増加、(3)貯蓄無し世帯の増加 などの現象が進んだ。近年の厚生労働省の報告によると、所得(世帯人数を調整した等価可処分所得)の中央値の半分を下回る世帯で暮らす18歳未満の子供の割合を示す「子供の貧困率」が、2012年に16.3%と過去最悪を更新したことが明らかとなった。政府は、昨年に「子どもの貧困対策に関する大綱」を策定し、「貧困の実態を踏まえて格差・貧困の世代間連鎖を防ぐことを目指す」としており、格差・貧困の問題は、重要な政策課題として認識されてきている。
格差や貧困の削減に向けて、多様な社会保障制度が果たす役割は重要である。例えば、先行研究では、雇用保険や生活保護などの安全網が、現状では不十分な水準である点が示されている。また、強調される点として、社会保障サービスの給付・負担には、様々な地域間格差が存在しており、それらが地域間の生活水準の格差にも影響を与えている可能性がある。具体的には、医療・介護保険料の地域間格差、認可保育所の月額保育料の地域間格差、医療・介護・保育資源の地域間格差などが代表例である。
このような社会保障サービスの地域間格差に加え、地域の雇用環境、教育環境、住環境など、それぞれの地域が抱える多様で複雑な地域特性は、地域間の経済格差の要因を検証する上でさらに重要な論点となる。
著者は、地域の経済活動に影響を与える企業経営者や地域住民の実態を調査するために、2000年代後半に大規模アンケート調査や「賃金構造基本統計調査」を用いた分析を行った。これらの分析結果は、主として橘木俊詔・浦川邦夫(2012)『日本の地域間格差』(日本評論社)に収録されており、主な概要は以下の通りである。
第一に、都市在住の居住者と地方在住の居住者では、どのような点に地域満足を感じているかが相当異なる。首都圏居住者は、「様々な仕事の機会」、「通勤・通学の便」、「買い物の便」、「ビジネス・商売の便」といったアクセシビリティを高く評価している。
第二に、Self-selection理論に基づき、どのような地方出身者が都市部(首都圏)に移動しているかを計量分析で検証した結果、現状では能力の高い個人が、大学進学や就業の時点で都市部に移動する傾向がみられる。
第三に、産業によって本社の所在地や事業所の新規立地の場所を選択する上での要因が異なっており、特に製造業は「単純労働力の確保」や「用地価格の安さ」という要因で新規立地を選択する側面がある。これは「地域の教育水準」を重視する金融・保険業とは対照的である
第四に、医療・介護分野の産業は、地方の雇用の受け皿として中心的な役割を果たしている。ある産業が発展すると、その産業や他の産業の雇用をどれだけ増やすかを示す「雇用誘発係数」を比較すると、医療サービス活動3部門(「国公立」「公益法人等」「医療法人等」)と介護サービス活動2部門(「居宅」「施設」)では、いずれも全産業の平均や公共事業の雇用誘発係数を上回っている。また、準ジニ係数を計測し、地域間賃金格差の要因を分解した推定結果によると、「医療・福祉業」で賃金水準が上昇し雇用が拡大すれば、全体として地域間賃金格差の縮小や貧困削減の効果が期待される。
地域間格差を放置しておいてよいとする主張と、政府がその是正策に積極的に取り組む必要があるとする主張は、経済成長理論に見られる主要な対立軸でもある。クルーグマンに代表されるように、一方では「集積の経済」の観点から、一国の経済成長のためには成長拠点となる都市を核とする不均等な成長を必要と捉える理論体系がある。その一方で、ミュルダールに見られるように、人口移動など市場による諸力の働きは、地域間の経済格差をさらに累積的に増大させ、それらは多くの取り残された地域の経済活動―それのみならず科学、教育、文化―を貧しい状態にとどめてしまうことを重くみる理論体系がある。わが国において、バブル崩壊以降の地域間格差の推移がマクロ経済に与えた影響を厳密に評価することは非常に難しい。しかしながら、都市部に加え、地方でも出生率が低迷し、OECD諸国平均を大きく下回る低成長経済が続いていることの一部は、これまでの都市・地方間の人的・物的資本の配分問題に起因する可能性があることは強調されてよい。人的資本や物的資本の過度の地域的偏在を防ぐための包括的な取り組みが、格差・貧困の削減のみならず、出生率の改善、成長の底上げに向けて必要と考えられる。
著者関連情報
© 2015 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top