抄録
1. はじめに
20世紀後半以降の温暖化にともない、寒冷圏陸域の連続的永久凍土分布地域では、地表付近の温度上昇による表層の永久凍土と凍土氷の融解(活動層の深化)が進行している。凍土氷の融解と流出によって生じる地表面の沈降:サーモカルスト現象(thermokarst)は、環北極域で広範に現れており、沈降後は湖沼が広がる。東シベリアの北方林域ではアラス(alas)と呼ばれるサーモカルスト湖と草原からなる景観となる。
サーモカルストによる湖沼の発達は、地形変化を伴う凍土荒廃現象である。その進行は、凍土そのものの変化にとどまらず、生態系、水文過程、されには地域の気候変化まで波及的に影響が連鎖する。その時空間的変動の理解は、寒冷圏での環境変動を予測する上で重要性が高い。活動層深化に伴う熱・水環境変化過程の理解には、景観ごとの現地観測と衛星データ解析を組み合わせ、それらに基づく凍土荒廃過程のモデル化によって、現状の診断や将来予測へとつなげる統合的研究が有効と考えられる。
本研究は、活発なサーモカルスト現象と湖沼の拡大が指摘されている連続永久凍土帯の北方林が広がる東シベリア・レナ川中流域を対象として凍土環境の安定性の広域評価を目的としている。本発表では、その研究の端緒として、最近の衛星データに基づきサーモカルスト湖の地形的特長を段丘面区分によって統計的に解析した結果について報告する。
2. データならびに方法
本研究では、最新のサーモカルスト湖分布を捉えるため、ヤクーツク周辺のレナ川中流域において、2013年9月19日に撮影されたLANDSAT8画像を用いた。
また、ライプツィヒ大のMathias Ulrich博士によってGIS化されたレナ川右岸地域の段丘区分(Soloviev 1959に基づく)によって、段丘面ごとのサーモカルスト湖のサイズ、頻度を解析した。
3. 結果
LANDSAT8画像のShort-wave Infrared 2 (SWIR-2 : band 8)による、ヤクーツク右岸、ユケチ観測地点周辺の水域の様子によると、灰色に広がる北方林(カラマツ)内に、無数の小規模なサーモカルスト湖沼(黒色)が分布している様子がわかる。この地域のサーモカルスト湖沼を両対数の面積-頻度曲線で表すと、レナ川の左岸、右岸に関わらず、傾きが約-1.9の直線で近似される(図は省略)。このことは、現成のサーモカルスト湖において、小規模な湖沼の寄与が無視できないことを示している。
右岸地域の段丘面区分に基づく、各段丘面でのサーモカルスト湖沼の累積面積割合からは、段丘面ごとに面積寄与がことなる様子が分かり、高位面ほど小さいサイズのサーモカルストの寄与が大きいことが分かる。累積面積の50%は直径に換算して200~600m以下の小さいサーモカルスト湖となっている。
低位面では、1990年代の気温のシフトによって、農地・牧草地として開墾された地域での急速なサーモカルスト湖の形成が示されており(Fedorov et al., 2014)、段丘面による分布の違いは、凍土氷密度の分布や凍土融解過程などの自然条件と人間活動の程度との相互作用が一因として考えられる。今後は、過去の衛星画像等からサーモカルスト分布の変遷を比較することで、凍土融解とサーモカルスト湖の形成について、さらに解析を進める予定である。