日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 201
会議情報

発表要旨
水俣病問題を題材とした高大連携によるESD教育の試み
*川瀬 久美子福田 喜彦張 貴民
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
1.問題意識
次期学習指導要領の改訂方針では、課題解決型の学習に重点をおいた必修科目「地理総合」が高等学校の新科目として提示されている。また、中学校社会でも持続可能な地域社会づくりの観点から課題を解決する力の育成が求められている。従来の地理教育においても、地域の課題の抽出や解決能力の育成は進められてきたが、より意識的にESD(Education for Sustainable Development)教育を地理教育において実践していく必要がある。
日本社会が直面してきた地域的課題のひとつにローカルな公害問題がある。2011年の福島原子力発電所の事故を契機に、高度経済成長期に公害によって自然と人間生活が深刻なダメージを受けた地域について再検証する動きが社会的にも学術的にも起こっている。そこでは公害を「加害企業」と「被害者」という当事者間だけの問題に矮小化せず、より広い社会的・経済的文脈の中に位置づけることが試みられている。
これらの社会的・経済的文脈に加えて、筆者らは、公害を「地理的文脈」の中でとらえる必要性を感じている。同じ有機水銀中毒の「水俣病」 発生地でありながら、不知火海沿岸と阿賀野川流域では被害発生の経緯や問題解決を阻んだ要因が異なる。地域的課題の解決や地域再生を図る上で、事象を地理的文脈に位置づけることは肝要である。  本研究は、地理学と地理教育の観点からESD教育の可能性を模索し、そのテーマとして水俣病問題を取り上げて高大連携授業を行った実践報告である。  

2.高大連携による課題研究の展開
報告者ら大学教員3名と愛媛大学附属高校3年生3名で、半年間の課題研究を行った。まず、高峰武 『水俣病を知っていますか』(岩波ブックレット、2016年)をテキストとして全員で購読し、水俣病問題の経緯や課題について理解を図った。また、2万5千分の1地形図「水俣」の読図を行い、水俣の地理的特徴を読み取った。さらに公式確認日(5月1日)前後の新聞の特集記事から水俣病問題の現状について情報を共有した。この後、3名の生徒は個人テーマを設定して情報収集や考察を深め、その成果をポスターにまとめた。  

3.授業実践の成果
生徒達は水俣病に関して小・中学校の社会科や高校の保健体育で学習していたものの、知識が漠然としていたり誤っていたりした。文献や新聞資料の講読によって生徒達は正しい知識を獲得するとともに、水俣がチッソの企業城下町であり、そのことが水俣病問題の解決や地域共同体の分断に大きな影響を与えていたという地理的文脈を理解した。文献から得た地域イメージは巨大な工業都市・水俣であったが、地形図の読図では「(水俣の市街地が)松山市より全然小さい」「北九州のような工業地帯のように工場が並んでいるわけでない」というコメントが挙げられた。このようにして獲得された具体的で正確な水俣の地理認識は、水俣病問題発生の背景や解決の難しさを理解する土台となる。
水俣病問題で今なお苦しんでいる被害者がいる現状を知った生徒は、「熊本の人々だけでなく多くの人が自分にできることを考えるべきだと思う」と、水俣の地域的課題を自分と関連する問題として捉えるようになった。また、課題研究初回と終盤に実施したアンケート調査では、水俣病の捉え方について「環境に対する意識の低い当時の日本社会としては仕方のないことだった」という項目について、初回には「とてもそう思う」「どちらともいえない」「あまりそう思わない」と回答していたのが、3名とも「まったくそう思わない」と回答が変化しており、社会的課題に対して「諦め」や「納得」で終わらせようとせず、積極的に課題に対峙していこうという姿勢が芽生えている。
水俣病問題を題材としたESD教育の意義として、地域的課題を地理的文脈の中で把握するという「地域性」の視点の獲得と、地域的課題を日本社会全体の動向の中に位置付け自分と関係のある事柄として行動しようとする姿勢の育成が挙げられる。
著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top