抄録
Ⅰ はじめに
2013年12月、日本人の伝統的な食文化である「和食;自然を尊重する日本人の心を表現した伝統的な社会習慣」は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関 UNESCO)より無形文化遺産として登録された。ユネスコ無形文化遺産の登録を受け、和食やそのベースとなる「だし」の魅力が、今改めてその価値を見直され、国内外で注目を集めている。和食は、米、豆類、魚、海藻などをもとに作られる一汁三菜を基本とし、ミネラルを豊富に含む昆布をはじめとする海藻の多用、豆類を発酵させた味噌などにより、栄養バランスに優れた健康的な食生活をもたらす。昆布は、だしを利かせた調理法により独自の郷土料理を生み、各地で年中行事とも深い関わりを有し地域に根ざす「食」を育むための一役を担い、日本の伝統的な食文化を支えている。昆布だしに含まれる「うま味」は、食材が有する本来の味を引き立て、さらにだしを利かせた調理により健康的な食生活を実現させている。「食」は人の心を強くつなぎ、「食」をとおした家族との絆や地域におけるコミュニティを育み、食文化を継承させる力を有する。こうしたことから、昆布は食文化と人々のつながりを醸成し、伝統文化を継承するために欠かせない存在だといえる。
だしの代表的存在の一つである昆布は、全国の9割以上が北海道で生産され、日本の伝統文化の変化と生存をつなげる重要な役割を担っている。北海道には主な食用の昆布として、真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布(三石昆布ともいう)、長昆布および細目昆布などの6種類がある。昆布は、産地の生育環境の違いから品種ごとに形状や食味が異なり、出荷先や調理用途も異なるなどの特徴がある。
Ⅱ 問題の所在
北海道は、日本一の昆布の生産地であるが、その消費量は全国的に見て余り多くない。昆布は、富山県、福井県、京都府、大阪府や沖縄県などで、古くからだし利用や食用などにより多く消費され、これらの地域では何れも一世帯あたりの購入金額や消費量が大きいとともに、食利用において地域で継承される独自の伝統的な食文化を有する。
一方で、北海道では昆布の生産量が年々減少している。この背景には、天候や生育環境など自然環境の変化に加え、高齢化や後継者不足による昆布漁師の減少があげられる。産地における生産量の減少は、市場における昆布の販売価格を押し上げ、販売者や飲食店など利用者の商品確保に難しい状況を引き起こし、各地で昆布の消費にも大きく影響する。昆布の消費地では、生産地の昆布漁師の後継者不足により、供給量が減少することを危惧する声もある。
北海道内の各産地では、漁業後継者の確保や育成に向け、漁業後継者・新規就業者・就業希望者などに対する各種支援制度を設置し、漁師の減少を食い止めるための諸施策が実施されている。北海道宗谷管内の利尻島や礼文島では、自治体独自の支援制度のほか、自治体と漁業協同組合等の関係機関の協力に基づく漁業研修「漁師道」の実施により、町内のほか島外からも漁業就業希望者を迎え、実際の体験により漁業への理解を深め、移住を伴う外部人材を漁業従事者として育成するなど、漁業後継者の確保に努めている。
また、食生活の多様化により、一般家庭において昆布や鰹などからだしをとり調理することが減少する中で、昆布利用による効能や魅力をいかに効果的に発信するか検討することは、今後の需要喚起を考える上で重要となる。
Ⅲ 今後の課題
生産地においては、昆布漁師の後継者を確保することにより昆布の安定供給の維持や品質保持および技術力を継承させるとともに、食育活動などを通して地域資源としての理解を促し、地域への矜持を醸成することが重要である。消費地においては、食育活動などをとおして昆布の効能や魅力に理解を促すとともに、地域と生産者を身近な存在に感じさせる関係性のもと、より深い関心や相互理解につなげるため、生産地との交流機会をもつことが必要である。
付記
本研究は、日本学術振興会「課題設定による先導的人文学・社会学研究推進事業」実社会対応プログラム(公募型研究テーマ)「日本の昆布文化と道内生産地の経済社会の相互連関に関する研究」(研究代表者:齋藤貴之(星城大学)、研究期間:平成27年10月1日~平成30年9月30日)の成果の一部を使用している。