日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P911
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発表要旨
高校世界地誌授業における課題
―必修となる地理総合を視野に―
*山内 洋美
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抄録
1.アフリカ・ラテンアメリカの比較授業から見えた課題
2015年に,高校地理Bでアフリカとラテンアメリカの比較授業を試みた。目的は「世界地誌」の単元において,「共通性」と「多様性」をキーワードに,ステレオタイプから脱却する形の地誌を提示すること,そして2つの地域に共通する事象と大きく異なる事象を比較することで,それぞれの地域を包括的に記すことであった。できる限り,動態地誌ではない,両地域のさまざまな要素を踏まえた地誌を描こうと試みたのである。 アフリカとラテンアメリカは,生徒にとっては物理的にも心理的にも遠い地域であり,関心は薄く,地図を描かせても欠落する部分が大きい。さらに授業を組み立てるにあたって最も資料が手に入れにくく,教科書や副教材等に記された情報にも偏りや強引な一般化がみられるように思われる。 一方で,これらの地域の日常的な暮らしはなかなか浮かび上がってこない。アフリカのスラムに暮らすアフリカ系黒人の中学生が,携帯電話を持ちナイキのシューズを履いてブレイクダンスに興じる姿はおそらくイメージできないであろうし,ラテンアメリカの内陸部で,明らかにヨーロッパ系白人の風貌を持つ人々が,小規模自給的・集約的な農業に汗水たらしている姿も想像できないであろう。また,ラテンアメリカ原産のさまざまな作物は,今や世界中で栽培され,食料にそして飼料や工業原料として欠かせない存在となっている。トウモロコシとキャッサバがよい例であると考えられる。 このような,一見大きく違う2つの大陸を比較することで,数世紀をかけてグローバル化が進んだことで生まれた共通性を取り上げ,その上で多様性を見つけようという授業を展開しようと試みた。 ところが,以下のような2点の課題が生じた。 1点は,アフリカとラテンアメリカのそれぞれの地誌を混同する生徒が現れたのである。たとえば白地図を並べて作業するときに,アフリカ大陸と南アメリカ大陸を混同して作業する生徒がみられた。また,共通する作物と地域で異なる作物を取り違える生徒もいた。 もう1点は、生徒たちに地理的見方・考え方以前の一般性が育っていないのではないかという懸念である。スマートフォンが普及して、検索すればわかることは身に着けない生徒が増えたように思われ、地誌の特色である地域性を論ずる前に,地域を設定し,捉える力を身に着けさせることが困難であると感じる。

2.新科目「地理総合」(仮称)の実施を踏まえて  
文科省教育課程部会「高等学校の地歴・公民科科目の在り方に関する特別チーム」の配布資料13-1によれば,「地理総合」には3つの大単元が置かれている。そのうちの(1)と(3)がクローズアップされることが多いが,ここでは(2) 国際理解と国際協力 に重点を置いて論じたい。特に,科目の特色として挙げられている3点のうち,①持続可能な社会づくりを目指し,環境条件と人間の営みとの関わりに着目して現代の地理的な諸課題を考察する科目 ②グローバルな視座から国際理解や国際協力の在り方を,地域的な視座から防災などの諸課題への対応を考察する科目 の2点を踏まえて考えたい。 (1)の「環境条件と人間の営みとの関わり」を考えるには,系統地理分野の自然地理分野の理解が欠かせない。しかし,近年の高校生は,スマートフォンが普及したことで,紙地図が読めず,ナビがなければ目的地に到着できないといった,バーチャルリアリティにどっぷり浸かった生活を送っている。したがって,最寄駅からの距離感覚がないといった生徒が多く見られる。また,数学の平面図形・空間図形分野が苦手な生徒も多く,例えば教室の天井の高さを推測できなかったり,目視で教室のおおよその面積を積算できなかったりする生徒も多く見られる。また,前述のように地図の形を同定することが難しい生徒も多い。環境条件を考える際に,身体感覚として空間をとらえることが苦手なので,どのような環境条件の違いが人間の営みに影響を与え,地域性の違いを生んでいるのかを考えることが難しい生徒もみられるのである。これは(2)の「防災などの諸課題への対応」を考える際にも課題となる。 また(2)の「国際理解や国際協力の在り方」を考える際にも,現行地理Aでも困難であった「世界の生活・文化の多様性」の理解をどこまで進められるかが課題となる。パラグアイの子どもたちの写真を見せた時に,メスチーソ(混血)とインディオ・ヨーロッパ系白人の見分け方を理解できない生徒が多く見られた。地理的見方・考え方の基盤となる一般性を持たない生徒が多いことの一つの表れと感じた。多様性を多様性と感じられなければ,他地域との違いを理解することは難しいであろう。動態地誌による授業がステレオタイプとなるのではないかという筆者の感じる不安はここにある。
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© 2016 公益社団法人 日本地理学会
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