日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0503
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要旨
岩手県山田町での2011年津波災害時の避難行動
健康地理学的視点からのパーソナルスケールでの「震災記録」
*岩船 昌起瀬戸 真之田村 俊和
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抄録

【はじめに】本稿では,高台への津波からの「立ち退き避難」に係る実歩走行実験と,被災者からの実際の避難行動の聞き取り調査を報告し,避難路の移動環境と避難者の体力との関係等を総合的に考察する。
【避難行動にかかわる実走行実験】山田町各地区での「避難のしやすさ」を検証するために,海や川に近い「逃げ難い場所」を避難開始地点,実際に避難した場所等を避難完了地点として歩走行での移動実験を2015年12月30・31日に実施した。被験者は,年齢48歳,身長170㎝,体重66㎏の健常な男性である。ランニング中心の中高強度トレーニングを週5日以上1日約1.5時間実施しており,自転車エルゴメーターでの運動負荷検査で心拍数から推定した最大酸素摂取量が60ml/kg/min程度である。「健常な高齢者の体力」を再現するために,スポーツ心拍計(Polar S710i)で心拍数を1分間約100拍に抑えて歩走行し,「避難場所等」と「浸水域の境界の高さ(浸水高)」までの所要時間等を計測した。
  その結果,⑯小谷鳥「ミッサギ」を除いて他の16区間全てで10分より短い時間で「浸水高」に達し,かつ「避難場所等」に到着可能なことが確認できた(表)。2011年3月11日には14:46の地震発生から約30分後の15:15以降で山田町各地区に津波の押し波が到達した事実にも基づくと,発災時に海沿いの「避難し難い場所」に居ても,地震が収まってから直ちに出発して適切な避難場所等に向かえば,「歩ける」高齢者を主体として考えれば,時間的体力的に余裕を持って「津波浸水域」外に脱出できる「避難環境」であることが分かった。
【避難行動の聞き取り調査】発災当日の避難行動について,2014年10月~2015年11月に地区ごと数名に1人当たり1~2時間の聞き取り調査を行い,山田町全体で39事例54人(40~80歳代)の結果を得た。行動空間については「住宅地図レベル」で訪問場所や移動経路を逐一確認して,その場での時刻に係る情報をできる限り収集した。
1つの事例の「一部」を紹介する。
 …(前略)…一方,妻IKさん(当時73歳)は,FI宅前(地点⑤)で地震を感じた。自宅(①)を自転車で出てしばらく走行した直後であり,地震の揺れで転んだのか,自転車を降りたか分からないが,「ひっくり返った」状態で我に返ったという。そこから立ち上がり,自転車を引いて約220mの道のりを経て自宅に戻った。その間「ずっと揺れていた」という。自宅(①)に戻ると,休日に車で出かける直前だった娘IM(当時46歳)が居た。そして「津波が来っから逃げびす!」と言われ,「1週間前に起ぎた地震で準備していだリュックサック」と毛布を車に積んで,「家に戻ってから5分くらい」で出て,「大沢林道」の駐車場(⑥)に車でたどり着いた。…(後略)…
年齢や性別等から話者の体力を推定し,このような聞き取り結果で分かった避難経路の道のりや傾斜も考慮して歩走行速度等を区間ごとに算出し,経過時間ごとの「滞在・移動」場所を検証した。また,避難行動は,本稿執筆時点で取りまとめ中であるが, A「浸水の恐れがある自宅等からできる限り早く立ち退く」,B「自宅等に長く残り,浸水の直前に避難行動に移る」,C「『津波がここまで来ない』と考えて自宅等に残る」,D「『津波で浸水する恐れがない場所』で地震に遭っても『浸水する恐れがある場所』にわざわざ降りる」,E「『津波で浸水する恐れがない場所』で地震に遭ってそのまま安全な場所に滞在または移動する」等に類型化できる。特に浸水域に残る/向かう理由として,「人間的な事情」に起因して (1)高齢者や乳幼児等の肉親の安否確認・救出,(2)貴重品等の確保,(3)店や自宅の戸締り,(4)船の沖出し,(5)海を見に行く等が挙げられる。
【総合考察の一例】表の⑫船越「家族旅行村」は,「健常な高齢者」が避難する際には,「浸水高/秒」0.090で,時間的に効率よく「高さ」を得られる避難路であるが,道のり約500m高低差約40mの傾斜路(平均傾斜約4.57°)で,車イス移動では屋外基準1/15(傾斜約3.81°)を超える「移動できない道」と判断できる。この避難路の途中には,震災当日に約9mの津波で利用者74人と職員14人が死者・行方不明となった介護老人保健施設SKがあった。震災以前の想定ではSKは「予想される津波浸水域のギリギリ範囲外」にあり,有事にはスロープを通過して標高約7mの避難場所に移動する避難マニュアルが準備されていた。
シンポジウムでは,このような避難路の移動環境と避難者の体力との関係や「人間的な事情」も加えて避難行動を総合的に考察したい。

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