日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S0103
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要旨
「田園回帰」の実態とその展望
*筒井 一伸
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抄録

「田園回帰」が『平成26年度食料・農業・農村白書』(2015年5月公表)や『国土形成計画(全国計画)』(同年8月公表)で取り上げられ,都市から農山村への移住が政策的に注目されている。この傾向は農山村などの地方への移住を支援するNPO法人ふるさと回帰支援センター(以下,回帰センター)への問い合わせ件数が2008年から2014年の間に4.4倍に急増したことからうかがえる。  農山村への移住は確実に広まりつつあるが,一方で2014年5月の自治体消滅論,いわゆる増田レポートをきっかけにはじまった「地方創生」の動きのなかで行政の人口減少対策としてこの移住の動きを捉え,移住の意義として“数”的な意味での「人口」増加を過度に期待する傾向が広がりつつある。しかしながら全国の人口推計の結果などから考えると,移住によって必ずしも「人口」増加に結びついているわけではない。その一方で,人口は増えてはいないが新たな人材の流入が進んでいる農山村も散見されはじめており,農山村への移住は少子高齢化が進んだ農山村にとって,既存の住民とは異なる年齢層の,異なる考え方や技術をもつ人材の獲得に結びつき,新たな地域づくりにつながる実態がそこにはある。  「田園回帰」は多面的に捉える必要があり,単なる人口移動現象に着目する「人口移動論的田園回帰」の捉え方では不十分である。報告者は農山村における移住者のなりわいづくりに焦点を当てて,その実態となりわいの形成に至るサポートのあり方を提示してきた)。そこで重視してきたのは,農山村における地域づくりの視座から捉える移住者のなりわいづくりの“質”的な意義である。このなりわいづくりも含めて,農山村への移住者と地域住民の相互関係を通じて生じる様々な地域での動きに着目する「地域づくり論的田園回帰」の捉え方が重要となっている。  地域づくり論的田園回帰の実態は「多様性」という言葉で表現できるが,その多様性は農山村への移住の歴史から理解することができる。Uターン現象と「脱都市」の動きが見られた1970年代,アウトドアブームと「田舎暮らし」思想が広まった1980年代から90年代,スローライフや二地域居住が広まった1990年代後半から2000年代と移り変わり,近年の特徴としてはリーマンショックや東日本大震災などを契機とした若者への田園回帰の浸透が見られる。回帰センターへの移住希望者の問い合わせも30歳代を中心とする現役世代が増加しており,農山村での地域に密着した暮らしへの「ライフスタイルの転換」を希望する傾向を反映したものと回帰センターでは分析をする。このような中で注目されるのが「孫ターン」である。現役世代が,農山村にうまれ故郷を持つ団塊の世代から,農山村にうまれ故郷を持たない団塊ジュニア世代以降にうつりかわるなかで,これまでのUターンに加えて,祖父母など親族の住む地域へのIターン(孫ターン)が散見されはじめており,これまでのUターンに加えて孫ターンの動きへの注視が必要となっている。  ところで田園回帰には3つのハードルが存在し,その対応が求められている。一つ目はコミュニティとの関係づくり,二つ目はなりわいづくり,そして三つ目はすまいの問題である。特に二つ目のなりわいづくりは現役世代が増える中で特に克服が求められるハードルとなっている。回帰センターを訪れた移住希望者へのアンケート調査結果では,就農の希望が減少する一方,就業や起業などが増加しており,農山村でのなりわいが農林業だけではなく,就業や起業,そして継業などより多様化している実態がそこにはある。  田園回帰の捉え方が「人口移動論的田園回帰」から「地域づくり論的田園回帰」へその軸足を移すことが求められ,それが昨今の田園回帰の実態への正しい理解をもたらすものである。しかしながら,農山村移住の増大は,人口移動が従来の農山村から都市へという一方向への流れではなく、双方向への流動化が進む新たな都市農村関係に向かいつつあるともいえる。このことを「都市農村関係論的田園回帰」と位置付けることができる。地理学において固定的に「周辺地域」として位置づけられてきた農山村の地域論的位置づけにも変化をもたらす動きとして「田園回帰」は捉えることができる。

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