日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: S1304
会議情報

要旨
ラムサール条約への地域の対応
*淺野 敏久
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

ラムサール条約は、浅海域を含む湿地保全のための条約で、湿地を国際的に認知する自然保護区とするものである。登録された湿地には、グローバルな観点からの環境管理・自然保護が期待される。しかし、登録を受け入れる地域の側は,上位の条約や思想をあまり意識していないし、各地の事情に応じて制度が運用されている。では、グローバルな自然保護区に登録されることは、地域にどういう意味があるのだろうか。報告者の関心は、自然保護に関わるグローバルな価値観や制度が地域にいかに受容されるのかを示し、地域にとっての意味を考えることにある。この数年、報告者はラムサール条約湿地を調べているので、ここではラムサール条約を例に話題提供したい。シンポジウムとの関連は、保護すべき「自然」の生産と消費を、グローバル・ナチョナル・ローカルという異なるスケールに絡めて論じようとすることである。 ラムサール条約の守りたい湿地には、生物多様性保全の観点から基準が設けられている。ラムサール条約のミッションは、生物多様性条約ができたことにより、それと整合するように作り直された。そのため、ラムサール条約で守りたい自然は、種の保存を強く意識した生物多様性を担保する場としての湿地である。そして、保全への理解と実効的な保全活動を促すために、ワイズユース(賢い利用)が強調される。しかし、条約は各国の湿地保全に具体的な方法を示すことはなく、各国の事情に応じた国内的な対応を求めるにとどまっている。 日本では、当初は一本釣り的な候補地の選定を行っていたが、のちには国際基準に則った候補地のリスト化が行われ、そこから候補地が選ばれるようになっている。また、国際的な基準を満たす湿地が候補となることと並んで、対象湿地が国内法による保護区になっていること、地元が登録に合意していることが条件になっている。 国内法には、自然公園法、鳥獣保護管理法、種の保存法、河川法などがある。これらの法律は対象地を保護する目的が異なり、守るべき自然も必然的に各法律の趣旨に従ったものである。 地方自治体では、担当部署が自然保護関連部署となる場合と、地域振興関連部署になる場合とがある。前者の場合、自然保護施策を進める根拠として条約に期待することが多いが、ラムサール湿地を産業経済的に活用する手段を、縦割り的な行政組織の下ではもちにくい。そのため、湿地の教育的利用に特化しがちである。一方、後者では、登録により、例えば観光振興に弾みがつくと期待する。ただし、積極的に政策展開する自治体もあるが、住民や市民(観光客となる人々)の反応が芳しくないこともある。 住民・市民の立場には、大まかにみて、自然保護の立場、当事者住民、その他の住民・市民がある。自然保護派からすれば、ラムサール条約登録は保護活動への「錦の御旗」と考えられ、湿地の自然保護のための利用の提示や実践を活発にする。当事者住民は、国内ルールが求める「地元合意」の当事者であるが、現状追認的であり、実害がなければ賛同し、それ以上の関心は少ない。また、その他の住民・市民は、多くの場合、湿地に関心ない。 三者がそれぞれ別の方を向いており、現場では特に何も変わらない。それは、グローバルな湿地保護の理念や制度と現地との関わりへの疑問を投げかける。しかし、ここで「つなぎ役」となっているのが、児童生徒を対象とした学内外での環境教育である。日本のラムサール条約湿地て実際に力を入れられているのは、一般への普及啓発を含む環境教育である。ラムサール条約登録はその理念・思想を将来世代に向けて伝えられている。環境教育の地道な取り組みは、将来世代の自然への態度に影響を与えていると考えられる。

著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top