日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 306
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要旨
福島県いわき市における水産業の諸課題
*初澤 敏生
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抄録

東日本大震災にともなう津波と、東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性物質を大量に含んだ汚染水の流出により、いわき市の水産業は大きな打撃を受けている。震災から5年近くが経過した2016年1月においても試験操業が続き、いつ本操業に移れるのか、見通しは立っていない。本報告では福島県いわき市の沿岸漁業を例に、震災後の動向をとらえた上で、それが直面するいくつかの課題について検討を加える。なお、いわき市の沿岸漁業はいわき市漁協が管轄しているため、ここではいわき市漁協の資料に基づき検討を進める。
東日本大震災によるいわき市の沿岸漁業被害は、人的被害は死者・行方不明12名(正准組合員のみ)、漁船被害は242隻に上る。また、市場などの陸上施設は、そのほとんどが破壊された。
漁船の被害状況を見ると、2011年3月11日現在、いわき市漁業の登録漁船数は348、そのうち沈没61、行方不明(流出)122、破損34、打ち上げ25の被害を受け、無傷で残ったのは106隻だった。無事な船が多いのは、震災時は操業日で、多くの船が沖合で操業中だったためである。いわき市漁協所属漁船数の推移を見ると2011年中に多数の漁船が復旧している一方で、その後の回復は頭打ちとなっている。いわき市漁協の所属船は小型のものが多く、震災時には1t未満船が45%、1~5t未満船が35%を占めた。このため、復旧は速かった。にもかかわらず、その後の復旧が頭打ちとなっているのは、高齢化が進展しているためである。小型船を所有している漁家は家族による小規模経営であることが多く、跡継ぎも多くはない。そのため、再投資をして船を復旧することをためらう者も少なくない。いわき市漁協の組合員数が震災後、急速に数を減らしているのはこのためである。報告者の行った聞き取り調査によれば、2015年末の段階で4t以上の規模の船はほぼ復旧を終わっており、今後の増加は10~20程度にとどまるのではないかとの見通しが示された。規模の大幅な縮小は避けられない状況である。
震災後、福島県の漁業は操業できない状態が続いていたが、各種の調査の結果、漁場と魚種を限定することにより、安全性を確保する見通しがついたことから、福島県北部の相馬双葉漁協では2012年6月から、いわき市漁協では2013年10月から開始された。いわき市での再開が遅れたのは、放射性物質による汚染がいわき市側の方がひどく、安全の確認に時間を要したためである。その後の調査によって操業海域と対象魚種は次第に増加し、2015年末の段階で71種の魚介類が対象となっている。しかし、操業は週1回に限定されており、2014年度の水揚げ量は約98tにとどまっている。2010年のいわき市漁協管轄の漁港での水揚げ量は8674tであり、その1.1%にすぎない。
また、水揚げの大幅な減少は仲買人にも大きな影響を与えている。いわき市では2015年末の段階で30名の仲買人が活動しているが(内1名は避難地域からの避難者)、十分な水揚げが確保できていない。そのため、仲買人が組合を結成し、漁協と仲買人組合での相対取引が行われている。しかし、仲買人側の利益は少なく、流通を維持するためにも操業の拡大が求められている。
この他にも、市場の復旧や東京電力による賠償問題などさまざまな課題が存在する。発表時には、それらの課題についても検討を加える。

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