日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: P066
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要旨
シビックプライドを育む小学校地域学習プログラムの開発と実践(1)
~我が国の社会科と英国のHumanitiesの比較考察~
*伊藤 直之田中 尚人戸田 順一郎
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抄録

1.はじめに
シビックプライド(Civic Pride)とは,市民が都市や地域に対して持つ自負と愛着である。教育の過程で子どものシビックプライド育成に意図的計画的に関わる場面は,小学校である。小学校における地域学習は,身近な地域における事象を総合的に考察していくことから,地域学習のプランニングは一つの学問によらず,複数の学問からのアプローチが可能である。そこで,筆者らは,専門とする学問の垣根を越えた共同研究(科研費「異学問・学校・地域との協働によるシビックプライドを育む小学校社会科地域学習の開発」)を通して,教育目標としてのシビックプライドを,「市民が地域社会や環境に対して持つ自負や愛着,そして,それらをより良くする能動的な参加の精神」と定め,その基礎となる小学校における地域学習プログラムの開発と実践を試みることにした。  本発表は,我が国の小学校社会科の目標とされてきた「公民的資質」との異同についての筆者らの見解を提示し,英国の初等学校における教育実践との比較を通して,従来の地域学習の成果と課題を明らかにしたい。  
2.我が国の小学校学習指導要領における社会科地域学習
  我が国の小学校学習指導要領では,第3学年と第4学年の社会科を「自分たちの住んでいる身近な地域や市(区,町,村)」や「県(都,道,府)」を対象にした地域学習と位置づけており,学年目標として「地域社会の一員としての自覚」や「地域社会に対する誇りと愛情」などを挙げている。シビックプライドと強く関連するこれらの事項と,筆者らの捉えには共通するところもあるが,あえてその違いを示すならば,自覚や誇りが“能動”的であるかどうかにある。例えば,「地域の発展に尽くした先人の具体的事例」という教育内容に象徴されるように,学習指導要領では模範とされるような人物への感情移入を通して「努力」や「苦心」を理解することが期待されているが,地域住民として望まれる態度の育成という点では,“受動”的と言わざるを得ない。いわゆる「人物学習」というアプローチに代わる選択肢を模索し,より広い視野から地域社会を捉え,考えていく学習プログラムの開発と実践が求められよう。  
3.英国の初等学校におけるHumanitiesの実践
  上述の問題意識にもとづき,筆者らは2015年9月7日(月)に,オックスフォード・ブルックス大学名誉教授Simon Catling氏の協力を得て,オックスフォード郊外のWheatley Church of England Primary Academyを訪問し,当学校教員へのインタビューと授業視察を行った。  当学校では,算数や英語などの教科が午前中に割り当てられ,午後は全学年でHumanitiesの学習が行われていた。Humanitiesとは,複数の教科を結びつけたトピック学習やスキル学習のことを指す。学期によって異なるトピックが設定され,関連する教科群も変化する。当学校のカリキュラムでは,2015年の秋学期から2016年の夏学期までの1年間を6つに分けて,「食料」「地面の下」「理科」「水」「地理」「より早く,より高く,より強く」というトピックないし中核を成す教科が設定されていた。我々の訪問時は「食料」というトピックのもとで,いわゆる「リテラシー」を中心に,算数や理科,地理,歴史,図工,宗教,体育などの各教科と連携させた実践が展開されていた。 我が国の小学校における社会科や総合的な学習の時間と比べると,教科横断の範囲がより広く,学年を越えて同一のトピックに定めて大規模に展開していた。また,教育内容よりも,「知識へとアクセスするためのスキル」が重視されていた。筆者らの取り組む地域学習プログラムにとって,計画と実践の両面で大きな示唆を得ることができた。

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