日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 526
会議情報

要旨
オーストリア・チロル地方における空間整備と持続可能な観光開発
*飯嶋 曜子
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録

Ⅰ.はじめに
連邦制国家であるオーストリアでは,連邦,州,市町村の協力により空間整備に関する全体的指針(空間整備コンセプト)が策定されるものの,空間整備法は連邦ではなく各州が制定している.したがって,各州でその地域的特性に即した特色のある空間整備政策が実施されている.一方,空間整備政策の策定・実施においてもEUの影響はますます大きくなっている.本研究では,オーストリアのなかでも有数の観光地として発展してきており,多くが山岳地域でありながら高い水準の人口増加率を維持してきたチロル州の空間整備政策を概観する.そのうえで,①チロルの空間整備の展開とEUとの関係,②空間整備の現場での議論について焦点をあてて整理する. 
Ⅱ.チロル州の空間整備政策の特徴
1.EUにおける持続可能性の重視
1992年のアジェンダ21採択後,EUは欧州連合条約において「持続可能な発展」を設立の基本目的のひとつに掲げ,2001年に「持続可能性戦略」を策定した.以降,「持続可能性」はEU諸政策に通底する基礎的概念となり,こうしたEUレベルでの動きは,各国でそれに適合するような持続可能性戦略の制定へと繋がっていく.オーストリアでは2002年に連邦持続可能性戦略が策定され,チロルでは2012年に州の持続可能性戦略が制定された.しかし,州の戦略が制定される以前から,実際には,持続可能性概念はとりわけEU地域政策の政策過程を通じて,加盟国や地方自治体の政策に影響を及ぼしてきた.EU地域政策の枠組みで加盟国が策定する実行計画を通じて,持続可能性の概念が重視されてきたのである.
2.チロル州の空間整備政策
チロル州の空間整備政策においても,持続可能性は重要な戦略概念とされている.持続可能性を高めることは生活や環境の質を高め,チロルの景観の美しさを守ることにつながり,そのことが地域の競争力として地域発展の重要な要素となるとみなされているからである.
こうした近年のEUレベルでの動向によるだけではなく,チロルではその独自の地域的特性から,空間整備政策に持続可能性概念が積極的に導入されてきた.州面積の約12%のみが可住地であるチロルでは,土地利用の管理・制限を通じた成長管理的な空間整備にならざるを得ない.同州では農山村地域の観光発展が定住人口の維持・安定に貢献しているが,60~70年代のいわゆる「ハード・ツーリズム」主流の時代における観光地の乱開発の反省を踏まえて,「持続可能性」という言葉で提唱される以前から,空間整備においてこの概念が実質的には導入されてきた.そしてEUレベルでの動きを背景に,さらにその強化が進んでいったとみられる.
3.空間に配慮した観光開発
こうした背景から,州の観光政策においては空間整備を考慮した計画が策定されている.2010年に発表された州の観光開発計画「空間に配慮した観光開発」では,競争力のある観光地としてさらに発展するためにも持続可能性の重視が重要であるとし,大規模宿泊施設の新規立地の規制や,スプロール的な観光地開発を抑制し,コンパクトシティ概念を導入した観光地整備等を提唱している.
4.新たな政策主体とその空間スケール
チロルでは近年,州と自治体の間の広域的なスケールで,新たな政策主体が再編・設置されている.空間整備では「地域計画連合」が,観光政策では「地域観光協会」が再編され新設された.これは,EUの地域政策で開発されてきた政策手法の影響である.同政策では,補完性原則に依拠した分権的手法の重視や,パートナーシップ原則に基づき多様な地域的主体を包括したローカルなガバナンスの構築などが求められている.チロル州ではこれらの政策手法を用いて,地域レベルで空間整備が遂行されており,これはEU・連邦・州・自治体間のマルチレベルなガバナンスの相互関係を示しているといえる.地域性を考慮した空間整備のためには,分権的で,なおかつ,基礎自治体を越えたある程度広域的な組織形態が必要であり,そうしたなか,新たな政策主体のスケールとして伝統的な谷空間が再浮上していることが注目される.
Ⅲ.チラータール(チラー谷)の事例
チロルの中でも有数の観光地として発展してきたチラータールでは,2012年に地域計画連合によって戦略計画が策定され,持続可能な観光開発の方向性が示されている.同計画では,大規模宿泊施設や域外のチェーンホテルの新規立地が制限されている.発表では,チラータールの戦略計画の特徴とその背景を考察し,そこで生じている議論や課題を指摘する.

著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top