日本地理学会発表要旨集
2016年度日本地理学会春季学術大会
セッションID: 709
会議情報

要旨
「映画の町・尾道」の成立と近年の変化
*和田 崇
著者情報
キーワード: 映画, 尾道, 撮影, 観光, まちづくり
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
本研究は,広島県尾道市における映画を活用したまちづくり方策を検討するための基礎研究として,「映画の町・尾道」の成立過程と近年の新たな動きを把握,整理したものである。研究方法としては,尾道市民とおのみち映画資料館来場者,映画館来場者を対象としたアンケート調査と,映画にかかわる尾道市内9団体を対象に行ったヒアリング調査を用いた。
尾道市が「映画の町」と呼ばれるようになった理由は,尾道市で映画の撮影がいくつか行われるとともに,それらの映画に登場した場面を訪ねるフィルム・ツーリズムの動きが全国に先駆けてみられるようになったことにある。1929年から2008年までの約80年間に尾道市内で撮影された映画は45本にのぼり(おのみち映画資料館資料),これらのうち尾道市に「映画の町」というイメージを植えつけたのは,小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)と「尾道三部作」に代表される大林宣彦監督による一連の映画作品(主に1980-90年代)だったといわれている。こうした状況に対して尾道市は,映画の撮影を受け入れ,支援するために2003年に「おのみちフィルムコミッション」を設立した。また,2001年には旧家を改造して「おのみち映画資料館」を整備し,小津安二郎監督『東京物語』などの映画資料を展示・公開することで,「映画の町・尾道」に訪れる観光客に対するサービスを充実させた。
尾道ロケ映画の鑑賞者等による尾道市への関心が高まり,とくに1980年代以降,それを一因として尾道市を訪れる観光客数が増加した。観光客はロケマップを片手に尾道市内のロケ地を訪問したり,おのみち映画資料館を訪問したりして,映画を追体験するようになった。 しかし一方で,レジャーの多様化,テレビやビデオ,DVDの普及などにともない,映画館に足を運ぶ尾道市民の数は減少の一途を辿り,1950年代の最盛期には4館あった映画館は2001年までにすべてが閉館した。映画鑑賞を趣味とする尾道市民は少なくないものの,彼らの多くは若者を中心に最新の人気映画,アニメ映画などを自宅のテレビやDVDで鑑賞したり,隣接する福山市のシネコンで鑑賞したりするようになった。また,観光客が関心を示す尾道ロケ映画に対する尾道市民の関心は決して高いとはいえず,市民アンケート調査によれば,おのみち映画資料館への来場経験がある者は回答者の1/4弱,尾道ロケ映画のロケセットの見学経験がある者は同1/6~1/3にとどまった。 こうした中,2004年に市民有志による「尾道市に映画館をつくる会」が発足,2006年にはNPO法人シネマ尾道となり,同法人が運営主体となって2008年に映画館「シネマ尾道」を開業した。シネマ尾道は流行の人気映画よりもメッセージ性の強い邦画や欧州映画などを上映しており,尾道市民を中心に熱心な映画ファンが繰り返して来場している。 このように尾道市は,尾道ロケ映画に関心をもつ観光客,最新人気映画などを隣接市のシネコンで鑑賞する大多数の尾道市民,メッセージ性の強い映画をシネマ尾道で鑑賞する熱心な映画ファンが併存する状況にある。
シネマ尾道の開業に続き,尾道市では近年,映画撮影とフィルム・ツーリズムの展開にとどまらない,映画をめぐる新しい動きが生まれている。それらは,尾道市立大学芸術学部における映像関連講座の開催(2009・2013年),「お蔵出し映画祭」の開催(2011年~),尾道市に移住した映像作家による映画制作・公開(2014年),NPOによる空き家再生と映画研究会の開催(2015年~)などである。これらの動きは,次の2点において,「映画の町・尾道」に新たな変化をもたらしている。一つは,行政だけでなく市民やNPOが映画まちづくりの担い手となってきたことである。彼らの多くは映画あるいは「映画の町・尾道」に関心をもつ若者であり,NPOによる空き家再生の動きと相まって,尾道市外から移住してくる者も多い。いま一つは映画の消費・活用形態の変化であり,従来からの尾道ロケ映画の鑑賞とフィルム・ツーリズムに加え,「映画の町・尾道」で映像を学び,交流し,制作し,発信するという動きが胎動をみせている。 これらの変化は,東京等大都市を中心とする日本の映画産業構造の中で,ロケ地および観光地という受け身的な位置にあった尾道市が,より主体的に映画文化をつくり出し,それを享受しようという動きをみせていると捉えることができる。ただし,この変化が大きなうねりとなるか,一時の小波にとどまるかは引き続き注視していく必要がある。
著者関連情報
© 2016 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top