抄録
1. はじめに
能登半島は周囲を複数段の海成段丘に縁取られ,更新世中期以降隆起の卓越する地域として知られている(太田・平川,1979).近年の沿岸海域の調査では,半島北西岸の海底に南東傾斜の活断層が推定され(井上・岡村,2010),富山湾側の海底にも北傾斜の活断層が推定されているが(東京大学地震研究所,2014),完新世の隆起については十分に解明されていない.本研究では,これら海底活断層に面する能登半島北部を対象地域として,完新世海成段丘の旧汀線高度分布を明らかにし,完新世の地殻変動の様式を考察する.
2. 研究手法
空中写真判読と露頭観察・簡易掘削調査により完新世海成段丘面の発達を調べた.斜面測量器およびレーザー距離計を用いて旧汀線アングルの高度を測量した.また段丘構成層中の炭化物の14C年代測定を行い,隆起の時期を推定した.
3. 結果
[旧汀線高度分布]
被覆層が発達する海成段丘面を上位よりL1面(平均海面高約6~10 m),L2面(約4~6 m),L3面(約2~4 m)に分類した.L2・L3面は発達が断片的ながら連続性が確認でき,両面が発達する地点も多い.L2面の旧汀線高度分布は,日本海側では半島北西部で最も高度が高く,富山湾側では南東岸の中央部で最も高度が高い傾向がある.L3面は日本海側・富山湾側とも北東部で最も高度が高く,南西方に向かって高度を下げる傾向がある.
[14C年代測定結果]
遠嶋山に発達するL2面と新崎のL面の露頭では,いずれも波食された基盤岩上に層厚1 m以下の扁平な円礫からなる段丘構成層が分布する.構成層下部中の炭化物の14C年代測定を行った結果,遠嶋山では4821-4957 cal BP,新崎では471-536 cal BPの年代値が得られた.また上野のL3面でハンドオーガーによる掘削を行い,貝殻小片混じりの粗粒砂からなる段丘構成層が認められた.この構成層最上部10 cm中に含まれる複数個の微小な炭化物を一括で14C年代測定した結果,798-964 cal BPの年代値が得られた.
4. 考察
L2・L3面の旧汀線高度の分布から,日本海側の地域は北西上がりの傾動を示し,富山湾側は南東上がりの傾動を示す.よって半島沿岸の両海域に隆起の軸があり,陸域にNE-SW方向の向斜側のヒンジが存在すると考えられる.また,L3面は北東部に旧汀線高度のピークを持つ一方,L2面は広範囲に分布することから,L2面には北東部と南西部にそれぞれピークを持つ隆起が累積すると考えられる.ただし,太田・平川(1979)が示した更新世海成段丘と本研究で明らかとなった完新世海成段丘の旧汀線高度分布を比較すると,両時間スケールにおいて一様な様式で隆起が累積してきたとは考えづらい.14C年代測定結果から,新崎のL面は距離の離れた遠嶋山のL2面および上野のL3面と異なる時期に隆起した可能性があることを踏まえると,今後はより小地域ごとの固有の隆起を検討する必要がある.