日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: 403
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発表要旨
在日朝鮮人自営業者の空間的分布と集住地区との関連性
1980年代以降の大阪を事例に
*福本 拓
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抄録

Ⅰ導入
エスニック集団にみられる自営業者層への集中は,しばしば明瞭な経済サブシステムとして機能するエスニック経済の最重要の特徴の一つと捉えられている。エスニックな自営業者は往々にして空間的集中を伴うゆえに,空間的な観点からの分析も数多く蓄積されてきた。自営業者の空間的偏在は,取引関係を通じたリンケージ形成に代表される経済地理的要因や,資金・労働力の由来となるエスニック・ネットワークの介在といった社会的要因によって生成すると捉えられる。加えて,既存研究では,資金・労働力や顧客の供給源として,集住地区の存在がエスニック経済に不可欠な役割を果たす点も指摘されてきた。 しかし,エスニック経済と集住地区との結び付きについて,それが変化する背景要因の検討は必ずしも進んでいない。例えば集住地区からの転出を促しうるエスニック集団の社会経済的地位の上昇や,経済リストラクチャリングに伴うエスニック経済の縮減が居住分布に与える影響など,こうした結び付きに変化をもたらしうる集団内外の要因が存在しうる。本研究では,職住近接を特徴とする在日朝鮮人のエスニック経済と集住地区との関係を事例に,両者の動態的な連関性の分析を試みたい。
Ⅱ用いる資料
本研究では,大阪市とその隣接市を対象地域とし,時期の異なる二つの資料から,在日朝鮮人自営業者の分布を比較して集住地区との関係を分析する。具体的には,『在日韓国人名録』(1981)と『在日韓国人会社名鑑』(1997)をもとに,分布の地図化や業種等の属性に基づく差異を検討する。前者については1,865件,後者は1,029件が分析対象となる。
Ⅲ在日朝鮮人自営業者の分布(1980年)
自営業者の業種別構成としては,製造業が過半数を占め,卸売・小売業(特に金属スクラップ),建設業の順で多い。経営者の本籍ごとに集計したところ,プラスチック製造や履物製造で済州島が,建設業で慶尚北・南道が,金属スクラップでは忠清南道・全羅南道の特化係数が高いという特徴がみられた。ここからは,一部業種において,地縁に基づいたリクルートが存在した可能性がうかがえる。 分布を集住地区との関係からみると,製造業,特にプラスチック製造(212中133, 62.7%)や履物製造(85中69, 81.2%)は集住地区内にその多くが立地するのに対し,建設業(174中12, 6.9%)や金属スクラップ(119中24, 20.2%)は分散立地の傾向にある(図参照)。集住地区で特徴的な職住近接傾向の背景として,同胞労働力への依存度合の高さのほか,フレキシブルな生産を可能にする事業所間リンケージの必要性が影響していると考えられる。
Ⅳ在日朝鮮人自営業者の分布(1997年)
この時点では製造業が最多であるものの,その割合は約3分の1にまで低下した。1980-97年に創業した事業所の業種をみると,プラスチック製造を除き製造業は少なく,代わりに建設業・不動産業・生活サービス業(パチンコホール含む)が多くを占める。こうした業種別の動向は,国勢調査の結果からも確認でき,外国人事業主の減少率は,製造業で36.1%,卸売・小売業で14.6%にのぼった。業種ごとの分布傾向に大きな違いはないものの,製造業の割合の低下により,特に集住地区への集中傾向が弱まったといえる。
Ⅴ考察
集住地区における職住近接の不明瞭化の要因として,以下の二点が想定される。第一に,対象時期の製造業の減少は,在日朝鮮人事業者に限らず,対象地域において広範にみられた。ここには,労働集約的性格の強い業種の低迷が反映されている。職住近接を特徴とする在日朝鮮人の製造業事業所は,概して零細規模で,家族労働者の多さというコスト面の優位性を有していた。しかし製造業の退潮は,特に規模の小さい事業所の存立を難しくしたと考えられる。第二に,人的資本と職業階層のズレの縮小という集団内部の影響が推測される。かつては自営業者層に占める高学歴者の割合が大きかったが,次第に職業階層の上昇が顕著となった結果,低コストという優位性を維持できる労働力プールが縮小した。これらのエスニック集団内外の要因は,集住地区における自営業者を中心とした職住近接傾向を弱めるように作用したと考えられる。以上の考察は,集住地区内外での在日朝鮮人の社会経済的地位の相違や,集住地区での人口の社会減からも,部分的に裏付けられる。

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