日本地理学会発表要旨集
2017年度日本地理学会秋季学術大会
セッションID: P041
会議情報

発表要旨
ケイパビリティ論による力強い学問的知識に基づく地理カリキュラムの構築
地理教員養成・研修プログラムの国際共同研究と日本での展望
*金 ヒョン辰山本 隆太広瀬 悠三志村 喬
著者情報
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
. 地理ケイパビリティ・プロジェクトの国際的展開ロンドン大学IoE地理教育学教室教授D. Lambertを中核とした国際的地理教育研究界は,  M. NussbaumとA. Senの「ケイパビリティ」論に依拠しながら地理教員養成・研修プログラム「地理ケイパビリティ・プロジェクト」を2012年始動した(Solem, et al. 2013)。第1期(2012-13)は, NSFの研究助成を受けたAAG主導のプログラムとして, イギリス・アメリカ・フィンランドで理論研究が主に行われ, 続く第2期(2013-16)は, EUコメニウス基金をうけ, トルコ・ギリシャ・ベルギー・ドイツ・オランダ・スウェーデン等に加え,日本も参加している(より詳しいことは, プロジェクトのホームページhttp://www.geocapabilities.org/を参照のこと)。

. 地理ケイパビリティ・プロジェクトの理論的基盤福祉経済学の理論であったケイパビリティ論は, 近年人間開発という側面から教育学にも影響を与えている。ケイパビリティ論による教育は, 単なる知識や技能の習得を超え, 人の実質的自由を発揮する可能性を与えることを重視する。従って地理ケイパビリティ・プロジェクトでは, 学校教育における地理が, 生徒の持つ全ての可能性に至るために, どのような役割を持っているかを問う。そして, この問いを解決するために用いるもう一つの理論的基盤が, 教育社会学者M. Young(2008)の「力強い知識」論である。学校教育では質の高い知識で構成されたカリキュラムが必要であり, それは力強い学問的知識(PDK)から起因しなければならない(伊藤, 2012; Young and Lambert, 2014)。学校教育において質の高い地理を学ぶことで, 生徒が急変する世界において自身の可能性が発揮できることになる。社会実在主義(Social realism)に基づくPDKは絶対的で与えられたものでもなければ, 社会歴史的に構築されたものでもない(Lambert, et al. 2015)。PDKでは何を学ぶか(products)と同時に, どのように学ぶか(processes)にも注意しなければならない。最後に同プロジェクトでは,誰がケイパビリティ論による力強い学問的知識に基づく地理カリキュラムを構築するかを問う。ナショナルカリキュラムにより学校教育において地理を教えることが可能となっても, それを教える教員の理解力が最終的には構築の鍵となる。カリキュラムのリーダーとして教員はカリキュラム・授業づくりを通して, 生徒に一連の地理的思考や原理を習得・開発・適用し, 課題に対する意思決定を行う機会を提供しなければならない(Solem, et al. 2013)。

3. 日本における地理ケイパビリティ・プロジェクトの展望2016年10月, AAG・グローバル地理教育研究センター助成を受け, 上越教育大で1回目のワークショップ(WS)が開かれた。全国から23名の高校教員や教育研究者が集い, 「地理総合」の単元別に「地理的見方・考え方」を用いながら分析・解釈できる図表を開発するとともに,同プロジェクト日本チームを結成した(志村他, 2017)。その開発過程と成果は,雑誌『地理』62巻6号からシリーズ「世界の地理教師たちとつくる新しい地理教材」として連載中である(6回予定)。また, 2017年8月日本地理教育学会大会にて2回目のWSが「地理総合」実践に向けた社会系教員を対象として開かれた。次期学習指導要領から「地理総合」が必修科目として導入され, これまで地理を学ぶ機会を失っていた高校生に力強い地理の知識を与え, 彼/彼女の可能性を導くことに寄与できることになる。そして, その実現の鍵は教える教員にある。
著者関連情報
© 2017 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top