主催: 公益社団法人 日本地理学会
周囲を海に囲まれた日本では、海洋生物を食糧資源に限らない多様な利用がなされ、また、それらを弔ってきた。 海洋生物に関する供養碑に関する研究はウミガメやクジラに関する多くの研究がある。また、ウミガメやクジラも網羅した水生生物全般に関しては田口ら(2011)の研究がある。田口らの研究では、全国の漁業協同組合などへのアンケートや文献資料などを利用しながら、計1,141基におよぶ供養碑が確認されている。そのなかで岩手県における供養碑は33基が確認された。 こうした供養碑は、多くは沿岸地域に建立されるケースが多い。岩手県沿岸地域は、2011年3月11日の東日本大震災の津波の影響を受けた地域である。よって、供養碑も大きな影響を受けた。 報告者は2017年4月より岩手県に拠点を移し、三陸におけるサケのプロジェクトに従事している。その過程で、地域と生き物の関係を見るひとつの指標として動物供養碑に着目している。田口らの研究をもとに、現地に足を運ぶなかで、新たな供養碑の存在が判明したり、津波の被害を受けた供養碑を再建されたり(されなかったり)、さらには、その供養碑の存在そのものが地域の中でほとんど認識されていないものも少なくない。このように、震災を契機に供養塔への眼差しが変化した事例も見られ、こうした信仰に対しても震災は影響を与えている。 岩手県内で確認できた供養碑の対象および数は、サケ(12基)、魚類(11基)、ウミガメ(7基)、クジラ(3基)、アワビ(1基)、イルカ(1基)、ウナギ(1基)、オットセイ(1基)、トド(1基)、ノリ(1基)、コイ(1基)、合計で11種、40基となっている。岩手県において最も多いのはサケの供養塔である。岩手県は北海道につぐサケの生産量を誇る、岩手県を代表する魚種である。また、サケの供養塔は建立されている場所に「孵化場」があるというのも他の供養塔とは異なる特徴的な点といえる。 供養塔は時代とともにその位置づけが変化している事例も見られる。例えば、重茂漁協内に建立されている魚霊塔は、魚霊塔建立当時はブリの供養塔であったが、その後、サケへと供養対象が変化している事例も見られ、地域におけるサケの位置づけが窺える。 東日本大震災による津波によって、沿岸部の供養塔が被害を受けたケースも見られる。茂師漁港に建立されていたサケの供養塔は津波によって流失した。また、地域内4カ所に分散して建立されていた神碑もあり、それも流失した。しかし、漁港内に供養塔と神碑を集中させ、慰霊祭を行うようになった。重茂漁協管内にはアワビの供養塔が存在しているが、津波によって流失した。しかし、流失した直後に供養塔が発見され、再建に向けて動いている。種市南漁協の有家川孵化場に建立されていたサケ供養塔も津波によって流失したが、孵化場の再建が済んだばかりで、供養塔の再建は行われていない。また、それに向けた動きも出ていないのが現状である。 震災後、沿岸部の供養塔は流失するケースが見られたが、すべてが再建されているわけではない。幸いにも供養塔が発見されたケースもあれば、そうでないケースもある。また、震災の復興の進捗状況や地域的な問題も影響している。本報告では、岩手県内の震災を経験した供養碑の現状について報告を行う。 【参考文献】 田口理恵、関いずみ、加藤登(2011)「魚類への供養に関する研究」、『東海大学海洋研究所研究報告』(32):pp.53-97