抄録
Ⅰ.はじめに
現代の韓国では店舗・テナントの権利金をめぐる葛藤によって日々社会的な損失が発生している。このような状況を打開するために韓国では、それまで法的枠組みに組み込まれていなかった権利金の回収や法的定義などを含む「改正商街建物賃貸借保護法」を2015年5月より施行し、権利金問題に対する根本的な解決に乗り出した。ただ、この法改正以降も権利金をめぐる事件は頻発しており、現行法の実効性には疑問が残っている。 このような状況のもとで進められている韓国の権利金研究において、日本の権利金に関する判例や研究内容を特段の検討を経ずして同一のものとみなし、暗黙的同意のもとに引用し適用するケースが多々見受けられる。これに先立っては日韓両国の権利金の同一性が担保されていなければならないが、現在まで十分な研究が行われていない。したがって本研究では、日韓両国の判例をもとに、両国の権利金の差異を導出しようとする。
Ⅱ.権利金の性質 日本の最高裁は権利金の性質に対し主に場所的利益の対価という認識を持っている。最判昭和29年3月11日民集8巻3号672頁およびこの下級審判例によると、賃借人から賃貸人に対し支払われた権利金は場所的利益の対価としての性質を持っていると認定している。また、最判昭和32年12月27日民集11巻14号2535頁や最判昭和43年6月27日民集22巻6号1427頁なども同様である。このように日本においては、権利金を一貫して場所的利益の対価としての性質を持つものとした法的認識が形成されてきた。 一方の韓国でも各級の法院により、一貫的な判例法理が示されてきた。ソウル高等法院1974年3月8日宣告72ナ2048判決やソウル地方法院北部支院1984年11月22日宣告カ単1489判決、そしてソウル民事地方法院1987.5.29宣告86カ合6621(本訴),6622(反訴)第11民事部判決などの下級裁判所判例を見ると、権利金はテナントが確保した顧客・信用や場所的利益などの無形の財産的価値に対する対価として認識されている。また、上級裁判所である大法院2000年9月22日宣告2000タ26326判決によると、権利金は店舗の営業施設・備品などの有形物や取引先、信用、営業上のノウハウ、または店舗の位置による営業上の利点などといった無形の財産的価値の譲渡または一定期間これを利用する対価として判示された。なお、この判例は後続の判例にも継続して引用され、改正商街建物賃貸借保護法の権利金の定義もこの判例の内容と同一である。韓国の権利金を定義した画期的な判例として評価されている。
Ⅲ.権利金授受の当事者関係 一般的に日本における権利金は、テナントを借りようとする賃借人が賃貸人に支払う金銭であると知られているが、判例もこれと同様の立場をとっている。最判平成23年7月12日裁時1535号5頁によると、日本の権利金は建物の賃貸借契約締結に際して賃借人から賃貸人に一方的に交付されるものとしている。 一方韓国においては異なった様相を見せている。ソウル高等法院1974年3月8日宣告72ナ2048判決やソウル民事地方法院1987.5.29宣告86カ合6621(本訴),6622(反訴)第11民事部判決などによると、権利金は店舗を所有主から借りた賃借人が、その次に店舗を借りる後続の賃借人に対し請求する性格の金銭であるとしている。また、大法院2000年9月22日宣告2000タ26326判決では、権利金は賃借人が賃借権の譲渡や転貸借の際に、その対価として後続の賃借人より受け取るものと判示している。
Ⅳ.まとめと今後の課題 以上のように、判例をもとに日韓両国の権利金の差異を導出した。即ち、判例上日本の権利金は建物の賃貸借契約締結の際に賃借人が賃貸人に支払う場所的利益の対価であり、韓国の権利金は後続の賃借人が既存の賃借人に支払う有形・無形の財産的価値の対価であることを確認できた。 以上の結果を地理学的に解釈すると、特に日本の権利金はその特別な立地に対する対価といった性質、そして賃借人が賃貸人に支払うといった点から地代の一部として認め得るだろうし、税務や不動産業務などでもそのように取り扱われている。一方で韓国の権利金は有形・無形の財産的価値の対価といった複合的性質を備えており、賃貸人が介在せず主に新旧の賃借人の間で授受されるといった当事者関係からも物権的な性質を備えていると言えるであろう。 現在までの韓国では、このように本質的に差異を持つ日本の権利金に関する判例や研究の成果が、その同一性に対する検討無く判例法理に組み込まれた恐れがあり、今後その様な疑義に対しより踏み込んだ研究が求められるであろう。また、その様な接近より権利金問題の社会的解決に向けた糸口が見出されるかもしれない。